
たいち
千葉の田舎、海の近くで働くなんでもないか医です。サーフィンとコーヒーが好きです。
サーフィン
医療・福祉
千葉
家庭医

たいち
年明けの病院勤務、確認書類の中に一枚の年賀状が紛れていた。見覚えのある名前に、ふと手が止まる。
以前、訪問診療を担当していた高齢の女性だった。
年末に突然入院し、そのまま施設入所となり、気づけば直接挨拶を交わす機会もないまま時間が流れていた。
カードを開くと、そこには小さく、小刻みに揺れる文字が並んでいた。
脳梗塞の後遺症で震えていた、あの手。
きっと、何度もペンを持ち直しながら、ゆっくりと書いてくれたのだろう。
「急な入院で御礼を言えずに心残りでした。
先生には心のケアもして頂いたと思います。ありがとうございます」
短い言葉の一つひとつが、胸の奥に静かに沈んでいく。
難病を抱えたご主人の介護、ご主人は何度も入退院を繰り返した日々。それでも最期の最期には、自宅で過ごすことができたこと。
痰の吸引、褥瘡のケア――家族と一緒に、できることを一つずつ積み重ねた時間。
四十九日を過ぎても納骨をためらい、手元供養を選んだこと。
初盆には、家族みんなで集まり、笑いながら、泣きながら、たくさん話したこと。
年賀状を手にしながら、そんな場面が次々とよみがえってくる。
医師として、人生の一部を共に歩ませてもらえたこと。治療以上の何かを、こちらこそ教えてもらった。
成長させていただきました。
本当に、ありがとうございます。


たいち
脱ぽっこりお腹を目指して今年は頑張るぞ。
食事のカロリーやメニューとかは写真とるとAIが解析してくれて、概算で出してくれる機能がすごい。結構精度が高いと思う。
写真撮る前に一口ご飯食べちゃうなんて可愛らしい。好き。


好きすぎて滅!

たいち
さ、仕事頑張るぞ!


たいち
寒い中で飲むコーヒーバカ美味いな。


たいち
ランニングの途中で素敵な富士山も拝めて満足。
あけましておめでとうございます。


たいち
帰る前に親父が「家の風呂、温泉になったから」と話していた。
良いバブでも仕入れたのかなと思ってると思ったより温泉になってた。お湯も何処かの温泉仕入れてたみたい。




たいち
人生を良くする本棚が面白い。
こう見ると
本を読んで、沢山移動して、気分が良く、静かで、それでいて期待が0の人が上手くいくのだろうか?
本を読まずに、あまり移動しないで、機嫌が悪く、それでいてうるさくて、期待ばっかり高い人は確かに人生が上手くいかなそうだ。


たいち


たいち

たいち
地域も守った!お疲れ様!


たいち

めざせポケモンマスター

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地物の素敵なもの紹介いただけたら多分寄付します。

たいち
オススメあります?
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たいち
いつも頑張って働いて、いろんなことに挑戦して、成長して、皆んなに貢献するあなたが大好きだわ。
いつも本当にお疲れ様、いつも医局のインスタントコーヒーばかり飲んでるけど、たまには良いコーヒーでも飲んでね。
お疲れ様、大好きです。


たいち


たいち

たいち
「それでも、あの日」
父が「家にいたい」と言ったとき、
私は、うなずくことができなかった。
苦しそうに息をする父を見るのがつらかった。
夜中、痛みで目を覚ましている父を見るのも、
その横で何もできずに座っている母を見るのも、
全部が、胸に刺さるようだった。
「入院した方が、楽なんじゃない?」
誰に向けた言葉だったのか、今でも分からない。
父か、母か、それとも自分か。
訪問看護師さんに電話をした夜、
私は泣きながら同じことを何度も言った。
答えが欲しかったわけじゃない。
「大丈夫」と言ってほしかっただけなのだと思う。
年末、先生が来ると聞いた日。
家には、自然と人が集まっていた。
子どもたちの声がして、
普段は静かな家が、少しだけにぎやかだった。
父のベッドのそばで、
孫やひ孫が手を握っているのを見て、
私は、少し後ろに下がった。
近づくのが、怖かった。
ここにいることが、
父の「家で最期を」という願いを
壊してしまう気がしたから。
先生が来て、
父が「良かった」と笑ったとき、
私は初めて気づいた。
父は、苦しいだけじゃなかった。
ここにいることを、
ちゃんと「選んで」いたのだと。
「痛みは何とかします」
先生のその言葉を聞いて、
胸の奥で固まっていた何かが、
少しだけ溶けた。
父は、眠った。
母は、何度も「ありがとう」と言った。
その夜、
私は父の部屋の隅で、
ただ座っていた。
何をすればいいか分からなかったけれど、
離れることだけは、できなかった。
日が暮れて、
父の呼吸が、静かに、浅くなっていった。
誰かが手を握り、
誰かが名前を呼び、
私は、ただ見ていた。
最期の瞬間、
父の顔は、思っていたより穏やかだった。
そのとき、
「入院させた方がよかったのではないか」
という考えが、
すっと消えたわけではない。
でも、
「ここにいてよかった」
という気持ちが、
それよりも少しだけ強かった。
父を見送ったあと、
母が言った。
「お父さん、家でいられて幸せだったと思う」
私は、うなずいた。
やっと、ちゃんと。
後悔がゼロになることは、きっとない。
でも、あの日の選択が
間違いだったとも、もう思わない。
あの日、私は
「正しい娘」ではなかったかもしれない。
それでも、
父のそばにいた娘では、いられた。
それでいいのだと、
今は、思っている。

たいち
そのご家族からの電話は、いつも少し遅い時間にかかってきた。
娘さんの声は、最初から震えていた。
「父が……苦しそうで。
母も、もう限界に見えて……
入院させた方が、楽なんじゃないでしょうか」
泣きながら、何度も同じ言葉を繰り返していた。
私は、すぐに答えを出せなかった。
お父様は「家で最期まで」とはっきり話していた。
お母様も、同じ気持ちだった。
でも、毎日そばで見ている娘さんのつらさも、よく分かった。
誰かが間違っているわけじゃない。
ただ、みんなが苦しかった。
年末、臨時で先生が訪問することになった日。
玄関を開けた瞬間、胸が少し詰まった。
家の中は、不思議なくらい賑やかだった。
お孫さん、ひ孫さん。
笑い声もあって、泣き声もあって。
でも、どこか落ち着いた空気が流れていた。
ベッドの横には人が自然と集まっていて、
誰かが手を握り、
誰かがそっと肩に触れていた。
枕元に、小さな手紙があった。
ひ孫さんが書いたものだと、すぐに分かった。
先生が到着すると、
患者さんがゆっくり目を開けた。
「あぁ……先生。良かった」
その一言で、
この人が、ここで生きている理由が全部詰まっている気がした。
痛み止めは使っていたけれど、
昨夜はほとんど眠れなかったという。
先生は静かに話を聞いて、
在宅でのPCAポンプを提案した。
「痛みは、何とかします」
そう言ってから、先生は少し間を置いた。
「最期まで、ここで過ごしましょう」
その言葉を聞いた瞬間、
私は奥様の表情がふっと緩むのを見た。
「良かった……ありがとう……ありがとう」
何度も、何度も。
その声は、祈りみたいだった。
患者さんは、そのまま眠りについた。
朝方、薬の調整をして、
日が暮れたあと。
十人余りの家族に囲まれて、
自宅のベッドで、静かに息を引き取られた。
誰も慌てなかった。
誰も取り乱さなかった。
泣いてはいたけれど、
ちゃんと「見送っている」空気があった。
帰り道、私は先生に声をかけた。
「最期、お家で迎えられて良かったですね。
本人も、ご家族も……
頑張って良かったんだなって、思います」
先生は、少しだけうなずいた。
年末の日曜日。
朝早くからの訪問だった。
でも、あの家で過ごした時間を思い出すと、
「大変だった」よりも先に、
「できて良かった」という気持ちが浮かぶ。
患者さんも、
ご家族も、
先生も、
そして、私たちも。
みんなで、ちゃんとやり切った。
私は、そう信じている。

たいち
それでも症状が抑えられなければ、緩和ケア病棟への入院も視野に入れましょう――そう説明した患者さんだった。
ご本人と奥様は、はっきりと同じ言葉を口にされた。
「最期まで、家で過ごしたい」
一方で、同居する娘さんは揺れていた。
苦しそうな父の姿を見るのがつらい。寄り添い続ける母の疲れ切った背中を見るのもつらい。
「入院した方が、みんな楽なのではないか」
訪問看護には、何度も涙混じりの電話が入っていたと聞いている。
年末の慌ただしさの中、臨時の訪問となった。
玄関を開けた瞬間、空気が違った。
部屋には、何人もの孫やひ孫たちが集まっていた。
ベッドの周りを自然と囲むように人が立ち、座り、手を握っている。
枕元には、ひ孫が一生懸命に書いたらしい、少し大きな文字の手紙が置かれていた。
「……あぁ、先生。良かった」
私の顔を見て、患者さんと奥様が同時に笑った。
涙を浮かべながら、それでも確かに、穏やかな笑顔だった。
麻薬のテープと坐薬は使っていたが、昨夜はほとんど眠れなかったという。
私は、在宅でのPCAポンプ――持続注射での疼痛コントロールを提案した。
「痛みは、何とかします」
そう言ってから、少し間を置いた。
「最期まで、ここで過ごしましょう。
僕が最後を迎えるなら――こんなに温かな家族に囲まれて、そうありたいと思います」
奥様は、何度も何度も頷きながら、
「良かった……そう言ってくれて、ありがとう。ありがとう」
と繰り返した。
患者さんは、そのまま眠りについた。
朝方、麻薬を調整し、日が暮れたあと。
十人余りの家族に囲まれて、自宅のベッドで、静かに旅立たれた。
帰り道、同席していた訪問看護師が、ぽつりと言った。
「最期、お家で迎えられて良かったですね。
本人とご家族の顔を見ていると……頑張って良かったんだな、って思います」
年末の日曜日。
朝早くからの呼び出しだった。
それでも――
患者さんも、ご家族も、スタッフも、そして私も。
やるべきことを、やり切ったのだと思う。
静かな達成感と、確かな喪失感を胸に、車を走らせた。
ご冥福を、お祈りします。

たいち


たいち
金曜日に麻薬が始まり、それでも症状がコントロールできなければ緩和ケア病棟への入院も検討しましょうと話してた方。
本人と、奥様は最期まで家でいたいと。
同居する娘は、辛そうな本人も奥様のことも見るのが辛い。入院させた方が楽なのではないか?と訪問看護にも何度か泣きながら電話が来ていた。
本日臨時で訪問すると、年末のためか何人ものお孫さん、ひ孫さんに囲まれていた。
ベッドの横で数人が囲み、手を握り、ひ孫さんが書いた手紙が枕元にある。
到着したときに、「あぁ、先生。良かった。」と本人と奥様が涙を浮かべながらも笑顔を見せてくれた。
麻薬のテープや坐薬を使っていたけど、昨日の夜は眠れなかったことも伺った。
諸々の話した中で、在宅でPCAポンプという注射での麻薬を提案した。
「痛みは何とかするので、最期までここで過ごしましょう。僕が最後を迎えるなら、こんなに暖かな家族に囲まれて最期を迎えたいと思います。」
『良かった、そう言ってくれてありがとう、ありがとう』と繰り返して眠りにつかれた。
朝方、麻薬を調整して日が暮れたのち、家族十人余りに囲まれた自宅のベッドでお見送りできた。
帰り道に同席した看護師から「最期、お家で迎えられて良かったですね。本人と家族の顔を見ると。頑張って良かったんだなと思います」と声を掛けてもらった。
年末の日曜、朝早くからの呼び出しだったけど、よく頑張りました。
患者様ご本人もご家族も、他のスタッフも、そして僕も。
やり切りましたね。ご冥福をお祈りします。

たいち
例えば牡蠣鍋をするときに、牡蠣を鍋に入れた菜箸と同じ菜箸で取り分けられるくらいなら、菜箸ら牡蠣を鍋に入れる段階のみに使用してそこから直箸のほうが感染リスク低いんじゃないかと思って聞いてみた。
ひろゆきばりに屁理屈捏ねてくるけど筋は通ってる。ノロウイルスの無症候性性保菌者の可能性までは流石に考慮してないよ、こちらは。
でもこのチャットGPTの「あなたの結論は間違ってるけど、良い問いだよ」みたいな教授に諭されるみたいな感じなんなの。嫌いじゃないんだけど。


たいち
はじめはメイン戦力じゃなくても、高いレジリエンスとかガッツがあって、逃げずに立ち向かえる俗に言うGRIT力が高い人。それで人間味もあって応援したくなる魅力を兼ね備えた人なんだろうなと思う。
子供の頃は幽助や飛影、蔵馬、キルアやクラピカ、ヒュンケルやダイがカッコ良くてそっちに憧れがちだけど、一緒に働きたいのは明らかに上の人達ですよね。やっぱりタフな事って一番大切。
まぁでも、僕が女性で結婚するなら明らかに鞍馬がいいけどね。




たいち
あ、ここはスタバです。


たいち
『ダメダメダメ脳みその中から「やめろバカ」と嘆くモラリティ。』
って米津玄師が頭の中グルグルしてましたわよ。

IRIS OUT

たいち
名前がちょっとだけ、やらした感じがする漢方
第一位
滋陰至宝湯(じいんしほうとう)
咳に効くようです。

たいち
そんな風に思えたと伝えたくなる 誰かにあなたに伝えたくなる』
メリークリスマス!素敵な夜を!
Merry Christmas

たいち
これで750円!安い!
サービスのアイスコーヒーもついてる。嬉しい嬉しい

クリスマス・イブRap

たいち
日々当院での医学教育の活動を行ってきて、種まきの活動がつながりそうな感じで嬉しく思ってます。
ある見学生の女の子、再来年度ですが1年間専攻医として研修したいとのこと。
すごく真面目に院内を見て周り質問をして、いろんな将来のビジョンを聞かせてくれました。優秀そうな子です。
「そういえば先生、〇〇という医師を覚えていますか?」
と突然のちょっと怖い切り出し。
苗字はよくある苗字だったのでえーっとと混乱してると
「以前、この病院の地域研修でお世話になりました姉なんです。姉が『たいち先生が再来年もまだいるなら、安心して行ってきたらいい』と話してくれたんです」と話してくれました。
めちゃくちゃ嬉しいお言葉ですよね。
家族、特に自分の妹を任せてもいいと思える研修病院だと考えてくれて嬉しいかぎりです。
『再来年じゃなくても、ずっといるからいつでも遊びに来たらいいよ』とお返事しておきました。
種まきのが確実に身を結びつつある。
嬉しい。
GIFT

たいち
いやー仕事した仕事した。

たいち
今日落ち着いてるなぁ。


たいち
だからと言って別にこれまでとやる事本当に変わってませんが、今後も頑張ります。


たいち
この発表にあたり、チームの雰囲気がとても素敵だ。
ともすればチャンネルの存続に関わるような、チャンネルが、仕事がなくなるかもしれないと言う、状態なのにみんなとても暖かい。
僕の若い頃もそんな派手なグループでは無かったからなんとかく近い雰囲気を感じる。
この令和の時代に性にかんしてここまでくだらなく明るく楽しく取り扱うチャンネルは是非続いてほしい。


たいち
レゼダンス見て瞳孔バチ開いて溺れ死にそう。




IRIS OUT

たいち
ハッピーバースデー!


ハッピーバースデー

たいち
89歳で心臓や脊椎の病気で何度も何度も手術を重ねた結果、体の動きが悪くなって通院ができなくて自宅で生活している方。
家の中でも車椅子、自分で尿は出せないので管がつながったまま生活をしている。
『俺はいつ死んでもいいんだ』と口癖のように話て、自宅で奥様と生活している方。
一年近く訪問診療を行ってきたけど、奥様の頑張りを見ると本当に毎度毎度頭が下がる思いだった。
冬には湯たんぽで低音火傷してしまった足を毎日毎日丁寧に洗って薬をつけて過ごし、尿やオムツのケア。
デイサービスやショートステイなどを利用して一息つく時間を提案しても「あの人は他人に頼れない人だから」と話して本当に孤軍奮闘で介護をされていた。
訪問看護やヘルパーに、床ずれのケアの仕方やリハビリ、マッサージの仕方を尋ねて取り組まれていた。自宅も少し改修して、車椅子で入れる風呂にして、尿の管に気をつけながらシャワーを浴びる方法を訪問看護師に聞いて実践されていた。
夫と自身の血圧と体重、便が出た日、薬を飲んだかどうか、1日も欠かしたことがない記録。奥様がインフルエンザに罹った日も記録されていた。
ノートには『泰然自若』と筆ペンで書かれている。好きな言葉だと教えてもらった。
そんな奥様の頑張りを労う言葉をかけると、決まって冒頭の言葉が返ってくる。
これだけ人のために尽力されて、「私は私が一番大事」そんなふうに答えられるのか。頭が下がる思いだ。
そんなご夫婦の年内最後の訪問。
誕生日とお歳暮とクリスマスプレゼントを兼ねてって美味しい有田みかんを頂いた。嬉しい。
このお二人が穏やかに今後も過ごせますように。


たいち
見てみると病院の前に石焼き芋屋さん!
お昼休みにこれ食べれるなんて幸せ。最高。


たいち
今年はタンブラーはどうやろうか。
このホノルルコーヒーのやつ可愛いですよね。
白と緑も良い。オリーブや黒も良い。



たいち
かなり好きです。Treg(ティーレグ)と略すようです。可愛いですよね。いいですね。良い。




たいち
美味しそう。ホリデーシーズンですね。

すてきなホリデイ

たいち
この時期大活躍なんです。
これ実は哺乳瓶を温める哺乳瓶ウォーマーなのですが、聴診器の体に触れる部分を入れておくといい感じに暖めてくれます。
時々「わ、あったかいですね。」と気がついてくれる方もいる。
活躍する時期になりました。

白い恋人達

たいち
なんだかインフルラッシュから、うちの地域では胃腸炎というか、お腹の風邪が流行りつつあるみたいですね。
教えてドクターというアプリやサイトで小児科の先生が素敵な感じにまとめてくれてますが水の飲み方、与え方が結構だいじ。
コツは一旦はいたら慌てず1時間くらいはお腹休ませることですね


たいち
5キロはまぁ、のんびりやればいけるぞ。
少しずつ伸ばすぞ。

夜に駆ける

たいち
ヘルドックスのこの感じはもう堪らんのやけど。
なんか女性ホルモン出るんやけど。


TAKE ME HIGHER

たいち
「どれだけ対策しても風邪も病気にもなる」と書いてますね、それも事実なのですが遺伝子で決まることよりも、生活環境含めた社会的要因が占める割合の方が影響は大きいのです。
こちら、同じ先進国のカナダの有名な研究ですが、健康を規定する要因のうち、50%以上が生活環境や社会的要因(経済状況、人間関係、ストレス、労働環境など)といわれており、生物学的な遺伝情報などは15%に留まるとされてます。
有名な言葉に「遺伝子コードよりも、gipコード(郵便番号みたいなもの)のほうが、健康を規定する因子として大きい」という言葉もあるくらい生活環境含めた社会的要因が健康に与える影響は大きいのです。
マスクが有害かどうかですが、重度の心肺機能の低下が起きてたりしたらそりゃ息苦しくて有害かもしれませんが、特別な事情がなければ有害ではないとおもわれます。
まぁ敢えて言うならマスクを食べたりしたらお腹壊すとは思います。


