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忘れ火

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はじめて注釈に触れたのは『バーティミアス』と『ドラゴンランス』でした。前者は脚注、後者は文末注でしたね。
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僕は古今現在まで「日本人のアンチ派」
wikiの建前と本音などは最高のおかず
理由は簡単で「当たりすぎてて面白かった」
なので日本人はよーは都合が悪い事がめくれる相手とめくろうとする相手を悪いとみなす
事でのみ成立する「上っ面の体裁国」なのだね

本音と建前(ほんねとたてまえ)は、何かしらに対する人の感情と態度との違いを示す言葉。しばしば日本人論に見出される言葉でもある。
解説
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本音は、何かしらの事柄に対して、個人や集団に共有される意識に内在する感情や欲求を含む価値観に照らして心に抱かれるものであり、これは全く自由な心の働きによって形作られる。同義語には「本心」が挙げられ、自身に対する偽り(嘘)を含まない。
ただこういった本音は、他者から求められるものと食い違ったり、表に出すことで批判を受けたり、あるいは外聞が悪かったりする場合もある。そこで対外的に表現を穏やかにしたり、あからさまに批判を受けそうな個所を隠したりといった外部向けに表現を制限する。その結果として表にあらわされるのが建前である。
この中では儒教思想における「由らしむべし知らしむべからず」(本来の意味は「民を為政者の定める方針に従わせることは容易いが、その理由を全てに理解させることは難しい」)のまま、誤解を含む解釈に関連し、国会の内閣総理大臣が行う施政方針演説においては、しばしば建前論が述べられる。
なお建前という語は「建物の主だった骨組みを作る」ことや、あるいはその骨組みが出来上がった時点で行われる儀式も指しているが、特に「本音と建前」で言うところの建前は、実際の意味として「立前」とも表記される方の語で、こちらは棒手売や大道商人(→実演販売など)の商品を売る際の口上を指している[1]。調子のいい商人ともなると、この売り口上であること無いことをさももっともらしく吹聴する訳であるが、結果的に耳朶に心地よく他を不快にさせないよう表現や内容が選ばれ、また商品の欠陥や瑕疵を口にしないなど、ある意味での嘘も含まれる。
なお建前が本音と食い違うことが嘘の範疇にもかかることもあってか、2013年(平成25年)3月15日放送のネプ&イモトの世界番付で行われた世界39カ国・3900人アンケートによる「あなたは嘘をよくつきますか?」の問いに対して、日本は世界4位・アジア一番の嘘つきな国にランクインした[2][3]。
日本人論における「本音と建前」
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前述の通り、日本的価値観に固有で日本人論の上で使われることから、英語を始めとする諸言語でも、しばしば『Honne and tatemae』と表現される。
欧米圏では交渉に際して、往々にして自身の要求を直接的に突き付けたり、そこまでいかないまでも、まず最大限に要求を示し、そこから互いの要求の内で重要度の低い箇所を削るなどして、相互の妥協点を探っていくが、日本人相手の交渉では、まずは互いに建前から入って交渉の余地を残し、次いで相互の妥協点まで埋めていくことが行われる。ことこの双方の様式が交錯すると、混乱が発生する。
最初に最大限の要求を突き付けた側は、もっと要求できるのではないかと戸惑いながら前進するも、いつの間にか前進させた箇所を侵食され、結果的に要求どおりにならない。一方の建前から入った側は、自身の方は予め譲れる箇所を明示したところ、一方的に要求が増やされるため不公平だと考え、更には不当とみなす。こういった混乱は貿易摩擦のような極大な現象にもしばしば発生し、商取引の場においても、あるいは至極個人的な対人関係においても混乱を引き起こす。
いわゆる「アルカイク・スマイル」(元はアルカイク美術にみられる微笑みの表情のこと)と呼ばれる日本人に特有の「曖昧な微笑」は、表情における建前である。この微笑みは、内心では相手に対して反感や怒りを感じていたとしても、崩されることはない。このためそれとは知らずマナーを侵した側が、相手がこの微笑みをたやしていないため、許してもらえていると誤解して、後で軋轢を引き起こすこともある。
脚注
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^ 『広辞苑』第四版
^ 日本が「嘘つきな国ランキング」4位!本当か なんで韓国が15位なの?ネットで不満の声 : J-CASTニュース
^ レコードチャイナ:日本は世界4位の嘘つき大国、中国人はこれをどう見たか?―中...
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さたな

さたな

『ツァラトゥストラ』ニーチェ。読了
やっと読了しました。
詩的表現で遠回りに感じながらも、人間への鋭い視点と問題への一つの解答を用意していることが現代でも読まれる理由なのかなと思った。
脚注が丁寧なので章を読む前か後にまとめて読むほうが読み進めやすいことに気付いた。
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ぬろえ

ぬろえ

通信網が張られ、衛星が上がり、地球は自分自身を観測する目を持ち始める。海の上から、雲の上から、夜の上から。

やがて彼らは月へ拠点を持ち、火星へ視線を伸ばし、さらに外へ探査機を投げた。
しかし、見つからない。

どこにも、決定的な“他者”がいない。
この“不在”は、後世の歴史家が好んで記すところの、人類最大のロマンである。発見がなかったからこそ、問いは純度を保った。

ヒトは応答のない宇宙に向かって、問い続けた。

――宇宙に、誰かはいるのだろうか。


電波を送り、観測を続け、データを積み上げる。返事がないことを、絶望としてではなく、作業として受け止める者がいた。


それは祈りに似ていたが、祈りよりも頑固だった。証拠がないなら探す。探してもないなら探し方を変える。


孤独を前提にしながら、孤独に閉じこもらない。後世の講義録はこれを「孤独の勇気」と呼ぶ。


地球史略年表Ⅲ(拡張と沈黙)
2086年:軌道上の常設工業圏が成立(資源・製造の宇宙化)。
2144年:地球規模の気候リスク管理が制度化(“惑星運用”の始まり)。
2219年:月面都市圏の恒久化(世代交代が宇宙で起きる)。
2305年:火星への本格移住が始まる(自治都市の成立)。
2380年:外惑星圏の有人拠点化。文明が太陽系の広さを身体で覚える。
2467年:恒星間探査プローブ第一世代(“送って待つ”という科学の成熟)。
2600年代:観測網の極大化。沈黙は続き、記録だけが積み上がる。
(注記):“接触は確認されず”――これが人類史の長い脚注になる。
やがて転換点が訪れる。


疫病、気候、資源、情報

――地球規模の問題は国境を無視した。

争いは残ったが、協力も増えた。「人類」という単位が、理想ではなく実務になっていく。ヒトは、地球という器の狭さを知り始める。狭いからこそ大切で、脆いからこそ守らねばならない。

この意識が、のちの宇宙社会に伝わる最初の倫理の芽になる。そしてヒトは、ついに外(地球)へ出る。最初は細い航路だった。遠くへ行くほど帰還は難しくなる。それでも進んだ。宇宙が沈黙したままだとしても、沈黙の理由を知りたかったからだ。

しかし宇宙は最後まで、決定的な答えを与えないまま進む。彼らは「誰かを見つけた」ことで成熟したのではない。

「誰も見つからないかもしれない」ことを引き受けたうえで成熟した。この頃から、人類の遺産は“発見”ではなく“形式”として整理される。
星々の間で最初に役に立ったのは数学だった。∫、π、e。物理定数。座標。誤差。検証。

だが数学以上に受け継がれたのが、科学の“態度”だった。仮説と反証、再現性、訂正、公開、疑い。不完全な自分たちを認めながら、それでも真理へ向かう姿勢。

さらに倫理。

個の尊厳、弱者の保護、対話と協調。人類は何度もそれを裏切った。だが掲げ続けた。掲げることすら放棄しなかった。

そして文化。詩、音楽、小説、絵画。科学が宇宙の骨格を描くなら、文化は宇宙の肌触りを残す。孤独、愛、死、希望。
それらを言葉と旋律で封じ込めた。


では、なぜHumanityは消えたのか。
宇宙文明史の総括は単純な破局を好まない。隕石一発、戦争一度で終わったのではない。むしろ長い時間の中で、人類は静かに“形式”を変えた。

環境変化への適応。人口構造の変化。移住。身体の改変。知性の拡張。技術は崩壊を防いだが、同時に“ヒトという生物の形”を必然的に薄めていった。

文明が成熟するほど、文明は混ざり合う。身体は人工化し、寿命は伸び、思考は集合化される。

やがて問いが生まれる。肉体がなくてもヒトなのか。個が溶けても人類なのか。

答えはひとつではない。だが結果として、純粋な“ヒトという動物”は減り、ヒト由来の知性圏だけが広がった。滅亡というより拡散。崩壊というより輪郭の消失。

そしてもうひとつ、後世が「静かな終焉」と呼ぶ現象がある。

争いが減り、危機が遠のき、社会が穏やかになる。燃え尽きではなく、安らぎの中で終息する。席を立つように終わる文明。勝利でも敗北でもない。役目を終えた形式が、そっと次へ譲る終わり方である。

だから宇宙史はこう結ぶ。
Humanityは滅びたのではない。

“ヒトという形態”が役目を終え、Humanityという態度が残った。


孤独でも手を伸ばすこと。返事がなくても問いをやめないこと。不完全でも理想を掲げること。科学と芸術を両手に持つこと。


それらはすでに、多くの星々の中に溶けている。


……ここまで読んで、ようやく気づく者がいる。これは地球の昔話のようでいて、地球の昔話ではない。語り手は地球にいない。読者もまた、地球にいない。


講義室の壁面には、古い青い惑星の夜空が投影される。都市の灯り、雲、かすかな天の川。
席に座る学生たちは、その光景を“記録”として眺める。自分たちにとって地球は故郷ではなく、出典だ。伝説ではなく、最初のページだ。
講義の最後、静かな声で注釈が添えられる。

「彼らは長い間、ひとりだった。それでも他者を信じ、問いかけをやめなかった。宇宙がまだ沈黙だった頃の、初期の灯火である。」

そしてページの余白に、小さくこう記される。
“No contact confirmed.”

それでも彼らは、空を見上げた。
答えがなかったことが、物語を終わらせなかった。


むしろ、答えがないまま問い続けたことが、Humanityを宇宙史の冒頭に残した。暗い森で最初に息を吸い、声を出した存在。

その声が、いまも宇宙のどこかで、誰かの中に形を変えて生きている。
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ぽにょ🐣

ぽにょ🐣

やっと卒論終わりが見えてきた[大泣き][大泣き]
OK貰えたーー!あと脚注だけ!!
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太郎

太郎

仏教の一言

思いは頭の分泌物です。大抵の人は思い過ぎなのです。思いを手放ししたら命のそのままが仏なのです。すべての仏教の経典も坐禅の脚注に過ぎません。清い瑠璃という浄土に宝月を含むように今この自己の命というのは自由なのです。西洋の概念の不自由だから自由を求めるということではありません。それなら何処までも自由は逃げてゆきます。確かに自己の命は他の命ではなく自己の命です。この自己の命がそのまま自由だということです。この生き方でゆけば出会うところすべていのちです。意識としての他者はあっても命としての他者など何処にもいないのです。すべて他を生かすところに自己が生きているのだ。
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左利きの右翼

左利きの右翼

今から脳が処理を拒否する文を書きます。難しいので、読んで理解出来たら頭良いです。

本稿は前提未定義の概念A〜Zを相互参照しつつ但し書き例外留保再定義を無限入れ子で挿入しながら主語欠落係り受け崩壊専門用語略語数式比喩脚注(本文参照)を断続的に混在させ結論を先送りにしたまま逆説の逆説のまた逆説を展開し最終的に「以上を踏まえると必ずしもそうとは限らない可能性が否定できないとは言い切れないとも解釈できなくもない」へ回帰するため読了前提の努力が一切報われない。
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