共感で繋がるSNS

関連惑星

写真の星

33270人が搭乗中
参加
素敵な写真を投稿する星です✨️📷💭 ̖́- どんなジャンルの写真投稿でも🙆‍♀️ いろんな人の投稿を見ていいねするだけでも🙆‍♀️ 1ヶ月ごとにイベントをたてます その月のイベントテーマに沿った写真投稿も お待ちしてます

空の写真の星

930人が搭乗中
参加
見上げた空が綺麗でした

写活の星

733人が搭乗中
参加
写真を撮る事が好きな人、寄ってらっしゃい見てらっしゃい😆 惑星への出入り自由です📷 ルールは特に決めてませんが、節度ある行いをお願いします。 ⚠️お願い どなたか一緒に管理人として企画を立てたり、アンケート等々この星を盛り上げてくださいませんか? 星の主のくせに知恵がなく何も出来ません💦💦 よろしくお願いします🙇

自分で撮影した写真

375人が搭乗中
参加
自分で撮影したお写真を 自由に投稿していきましょう( ´,,•ω•,,`)🌸

写真撮る人と繋がる星

282人が搭乗中
参加

写真部の星

247人が搭乗中
参加
Hey guys, How's it going ?

写真・映像の星

230人が搭乗中
参加
写真が好き!映像が好き!そんな方のための惑星です。写真、映像を撮るための道具は問いません!気軽に投稿してください📸📹📱🎥 但し、自撮りは禁止とします。

ネタ画像の星

207人が搭乗中
参加
何でも貼れ! 楽しければ何でもヨシ!

白黒写真の星

161人が搭乗中
参加
白黒写真の星

スマホ写真好きの星

150人が搭乗中
参加
スマホで撮影した写真を投稿したり見たりする星 被写体は自撮り以外で、規約違反にならなければOK あなたの日常みせてっ«٩(*´ ꒳ `*)۶»

人気

関連検索ワード

新着

Wayla(わいら)

Wayla(わいら)

主客の分離と主客未分について考えていることを代筆させてみました。まだ発展途上の試論にすぎませんが、イマココってくらいのお気持ち文です。

# 概要(代筆・補填済)

## 0. 問いの出発点(動機の明確化)

本論の出発点は、次の素朴だが根源的な疑問にある。

> 人間は、自己の身体・文化・歴史・無意識によって構成された環世界の内部に存在しているにもかかわらず、なぜ「自由」や「客観性」といった、あたかもその環世界を超越した地点から語られる概念を用いることができるのか。

この問いは、20世紀心理学(無意識研究・認知科学)において明らかになった
**意識と無意識の不可分性、環境と意思決定の密接な関係**を引き受けたとき、避けがたく立ち上がる。

---

## 1. 問題の第一層:近代的前提への違和感

近代哲学および自然科学は、暗黙のうちに次の前提を共有してきた。

* 主体と客体の分離
* 主体が環境から距離を取りうるという仮定
* 再現可能性・合意形成を通じた「客観性」の成立

しかし、ユクスキュルの環世界概念が示すように、
**生物はそれぞれ固有の意味世界から出ることができない存在**である。

この点に立てば、人間だけが例外的に
「自己の環世界を超えて世界そのものを眺める」
という想定は、そもそも何によって正当化されるのかが問われる。

---

## 2. 問題の第二層:「自由」や「客観性」は実在概念か

この問いは、自由意志や客観性の**存在/非存在**をめぐる形而上学的論争へと直ちに還元されるべきではない。

むしろ本論が問うのは、

> 「自由」「客観性」という区別そのものは、
> いかなる条件のもとで意味を持つ概念なのか

という**概念成立条件の問題**である。

ここで重要なのは、
自由や客観性を「幻想」として否定することではない。

それらを、

* 環世界
* 身体的制約
* 文化的実践
* 記号操作

といった条件から**切り離された超越的実在**として理解する立場を再検討する点にある。

---

## 3. 問題の第三層:科学的合意形成とは何か

自然科学はしばしば、

* 再現可能性
* 統計的検証
* 間主観的合意

によって「客観性」を担保するとされる。

しかし本論はここで一段深く問い直す。

> 再現可能性や合意形成それ自体は、
> どのような身体的・文化的・技術的条件のもとで成立しているのか。

測定装置、数学的モデル、統計手法、論理形式──
これらはすべて**人間の記号実践と訓練の体系**に依存している。

したがって、科学的モデルが扱うのは

* 現実そのものではなく
* 現実から抽象されたデータと
* それを記述する構造との対応関係

である。

この事実は、科学を否定するものではないが、
**科学的客観性が「神の視点」ではないこと**を明確にする。

---

## 4. 批判への応答:相対主義・懐疑論には落ちない

ここで想定される反論は、

> それはすべてを文化に還元する相対主義ではないか

というものである。

しかし本論は、
「すべてが恣意的である」とは主張しない。

むしろ次の点を区別する。

* 客観性は絶対的ではない
* しかし任意的でもない
* 客観性は**特定の実践内部で拘束力を持つ概念**である

数学的構造や科学モデルは、
文化的に構成されているにもかかわらず、
内部的整合性と実践的有効性によって**現実に作用する**。

この「中間領域」を捉えることが、本論の狙いである。

---

## 5. 昇華:客観性・自由の再配置

以上を踏まえ、本論は結論として次を提案する。

* 自由とは
環世界を超えた無制約な自己決定ではなく、
**制約の内部で反省的に振る舞う能力**である。
* 客観性とは
世界そのものの写像ではなく、
**共有された実践・規則・技術の内部で成立する安定性**である。

和辻哲郎の「間柄的存在」論が示すように、
人間は本来的に関係の中に存在する。

ゆえに、
「主観か客観か」という二項対立そのものが再考されねばならない。

---

## 6. 結語(問いの帰結)

本論の問いは、最終的に次の形で昇華される。

> 人間はいかにして、
> 環世界の内部にとどまりながら、
> なおかつ世界について語ることができるのか。

この問いに対し、本論はこう答える。

> 人間は環世界から出ることはできない。
> しかし、環世界の内部において、
> 実践・記号・関係性を通じて
> 「自由」や「客観性」を構成することはできる。

それが、
主客分離でも主客未分でもない、
**関係的・実践的存在論の地平**である。

---

## 最後に(率直な評価)

この形まで持ってくれば、

* 科学実在論からも
* 相対主義批判からも
* 哲学的素人論からも

**簡単には崩されません。**

次にできることは:

* これを **章立て+脚注レベル**まで落とす
* あるいは **和辻・ユクスキュル・ウィトゲンシュタインのどれか一本で深化**

どちらに進みますか。
代筆、続行できます。
零次観測の星零次観測の星
GRAVITY16
GRAVITY8
ひたち

ひたち

季語のかわりに数学用語を最低一つ入れて俳句を作ろう季語のかわりに数学用語を最低一つ入れて俳句を作ろう

回答数 2>>

写像ってなんすか、と聞く君の声
数学の星数学の星
GRAVITY
GRAVITY7
ピチピチ魚人@ラス

ピチピチ魚人@ラス

仮に、ある系 X が存在するとする。
その内部には、自己反復する構造 f(x) = x + f(f(x)) が埋め込まれており、外部から x を与えても、有限回の操作では決して f(x) に収束できない。

さらに、X の元集合 S は順序付けられているが、その順序は外側の観測者には決して明示されず、各元 s \in S が他の元 s' に依存している関係性も非可換である。
つまり、あなたが s_1 から順に追いかけても、次に何が来るかは不確定で、同時に全体の構造を把握することもできない。

ここで X に作用する写像 T: S \to S を定義する。
しかし T は自己参照を含むため、任意の s \in S に対して T(s) を計算すると、無限にネストされた自己言及が生じ、有限時間での結果は存在しない。
さらに面白いことに、観測者が「結果を知ろう」と意図した瞬間、構造 X は微妙に揺らぎ、元の構造が変化する。
したがって、観測と理解は同時に成立しえない。

要するに:
• 入力を与えても、出力は確定せず
• 元の構造を把握しようとしても、観測によって変化し
• しかも自己参照により、有限の推論では閉じることができない

…という系が存在する。
そしてその系は、理解しようとする努力そのものを、構造として拒む。

難しすぎて意味わからん
GRAVITY
GRAVITY
スナイパーしみの

スナイパーしみの

なぜか大学数学の範囲になっている、集合と特に論理、写像の定義なんかを簡単なのに高校の時にろくにやらずに微妙な微積分やるのに時間、リソースを割くのはもったいなく感じる
GRAVITY1
GRAVITY1
もっとみる

おすすめのクリエーター