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例えば公園遊びで垣間見る世界観の違い。
近所の公園で子供を遊ばせてたら、おそらくご近所さんがお母さんと息子の組み合わせで遊びに来て、雨上がりの泥々の地面の上でボールを蹴りあって遊び始めた。
文字だけだと普通に楽しそうに遊んでるなーと思うけど、(一般的な収入の家庭から見て)普通じゃないのはその服装。
お母さんはフェラガモのスニーカー、息子はグッチのスニーカー&アルマーニの白パン。
この服装でドロドロの地面の上を転がるドロドロのボールを蹴りあってる。
ボール自体はアンパンマンのゴムボールで、なんかそのギャップが微笑ましい。
一方で我が家は俺がユニクロのパンツに3000円くらいのスニーカー、子どもは西松屋の服とスニーカー。
汚れてもまだダメージが小さいからね。
これが両家の汚れても大丈夫な服装だと思うと、なんかそのギャップが微笑ましい(2回目)。
ネロ
「芝居は反応だ」という言葉もある
演技をするということは反応し会話するということだと言える
もちろんそれが全てではないが、とても重要な要素だ
舞台や映像を「ト書きに書いてある通りに動き、台詞に書いてある通りの言葉を言う」ものだと思っている人は多いだろう
アニメやボイスドラマを「台詞を覚える必要もなくただ書いてある通りに読めばいい」と思っている人も多いだろう
この認識の人は芝居を学ぶ環境にも実は多い
口では芝居の素晴らしさや難しさを賞賛するが、内心では上に書いたようなことを思っている
彼らの芝居を見ればすぐにわかることだ
この認識は言うまでもなく間違いだ
決めれた通りに台詞を「読む」ことが芝居ではない
台詞は、相手の台詞や様々な事象に対する自然な反応として「出てくる」ものだ
「台本に書いてあるからやりました」では成立しない
例えばこんな台詞があったとしよう
A「お前は自分を強いと勘違いしているだけの雑魚だ」
B「んだとテメェ! 俺に殺されてからあの世で後悔しやがれ!」
あなたがBの役を演じるとして、おそらくまずは「どんな風に読もうかな」と考えるだろう
「どんな風に怒鳴ればかっこいいかな」と考えるだろう
そのように考えてはいけない
「Aの台詞を言われて、Bがどのように感じ、どのように考え、なぜこの台詞を言うのか」を考えるのだ
この時、決して自分の台詞だけを見るのではなく、必ず相手の台詞も見る必要がある
(AとBがどのような人物でどのような関係でどのような経緯で台本に書いてある状況になっているか、など本来であればもっと考えることはあるが、今はとりあえずそれは置いておこう)
今回のAとBのやり取りの場合「お前は雑魚だ」と煽られ、憤り、「俺の強さを証明してやる。手段はお前を殺すことだ」と意気込んでいると解釈できる
が、これはあくまでひとつの解釈であって、他の解釈はいくらでも可能であり、そのどれもが演出家に採用される可能性はある
なぜなら、「演技に正解はない」からである
(ちなみにこの言葉は意味を誤解されていることが多い。更にこの言葉には続きがある。また別の投稿でそれについて語るつもりだ)
決して「読み方」や「かっこいい怒鳴り方」を考えるわけではない
「なぜその台詞を言うのか」を考える必要がある
そして人間の行動や言動は基本的には何かに対する「反応」だ
例えば「昼食を摂る」という行動は、
「お腹減ったからご飯食べよう」という空腹に対する反応であったり、
「いつもお昼を食べる時間だからご飯食べよう」という時間に対する反応であったりする
人間は何かに反応して感情が生まれ、その感情に従って行動を起こしたり、言葉を発したりする
(ただしこれは全ての行動や発言が感情のみに支配されていると言いたいわけではないし、行動の理由が必ずその場その時にあると言いたいわけでもない)
そして芝居というのは、この「反応」の応酬を見せるものだ
相手の台詞に「反応」してこちらの台詞を返し、相手がそれに「反応」してまた台詞を返してくる
そうすれば自然な「反応」のやり取りが発生し、自然な「会話」となるわけだ
この自然な反応、自然な会話が必要なのだ
「台詞をどう読もうかな。どうしたらかっこいいかな」と考えて「読んだ」台詞は、相手の台詞に反応して出てきたものではない不自然なものだ
これは「嘘」の台詞だと言えるだろう
相手の台詞がどんな感情によって発せられた言葉なのかを無視して、あらかじめ決めた通りに台詞を「読んで」しまっては「会話」が成立しないのだ
「相手は台本に書いてある通りに台詞を発するのだから、何を言われるかはわかってる。自分も同じように決められた台詞を発するのだから、問題ない」と考える人もいるだろうが、それは明確な誤りだ
確かに口にすべき台詞は書いてあるが、相手が台詞……というか台本の内容をどのように解釈し、自分の役をどのように作り、どのような個性でどのような台詞を発するか、予測はつかない
同じ台詞でも、それをどう表現するかは役者によって違う
そしてその予測のつかない言葉や行動を受け取ってこちらも自然に反応する必要がある
芝居は生き物なのだ
芝居は消え物なのだ
例えば長い時間をかけて稽古する舞台
確かに同じシーンを何度も稽古するだろう
何をどうするかが具体的に決まって形が定まってくるだろう
だがそれでも全てが同じとはいかないのだ
なぜなら、どの役者も常に「生の反応、生の感情」によって行動したり台詞を発したりするからだ
初日から千秋楽まで毎日同じ芝居を観たとして、確かに同じことをしているように見えるかも知れないが、完全に同じではないのだ
「かっこいい読み方」を考えるのではない
自然な反応として会話をするということが必要なのだ
「台詞は『読む』ものではなく『出てくる』ものだ」という言葉は、決して精神論などではなく明確な事実である
「声を作って台詞を読む」ことは芝居ではない
「読んでいる感がないように台詞を読む」ことも芝居ではない
「芝居は会話」であり「芝居は反応」なのである
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