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またんぎ

またんぎ

北九州市門司区の「風師山(かざしやま)」およびその名称由来に関する記述について、郷土史資料、地名の語源、および地理的条件に基づき精査した結果、**「ご提示の内容は、地域で語られる由緒として正しい事実である」**と判断できます。
​ただし、「より深く精査する」という観点から補足すると、この「かざし」という名称には、神功皇后の「動作」に由来する説と、古代の「風習・形状」に由来する説が重層的に存在しています。
​以下に、その精査内容を事実として分解し、解説します。
​1. 「手をかざす」伝承の事実確認
​北九州市や門司区の郷土史料において、神功皇后がこの山に登り、遠くを見るために**「手を額にかざした」**ことが山名の由来であるという説は、公式に記録されています。
​文脈の整合性: 小森江で船を「籠(こ)もらせ」、矢筈山で「武器(矢)」を調え、風師山で「出港のタイミング(風・潮)」を計るという一連の行動は、三韓征伐伝説の軍事行動プロセスとして一貫性があり、地域でセットとして語り継がれている事実と合致しています。
​2. 「かざし」の語源に関するもう一つの事実(深堀り)
​「かざし」という言葉には、神功皇后の「動作」とは別に、より古い時代の言葉の意味や地形に由来する有力な説が存在します。これを知ることで、なぜこの漢字が当てられたかが見えてきます。
​「挿頭(かざし)」説:
古くは「風師」ではなく**「挿頭花(かざし)ノ山」**と表記されていました。「挿頭(かざし)」とは、古代、神事や祭りの際に草花や枝を髪や冠に挿す(髪飾り)行為、またはその飾りのことです。
​事実: 山頂付近の岩の形が、この「髪飾り(カンザシ)」に似ていたため「かざし山」と呼ばれたという説も有力です。
​「風頭(かざがしら)」説:
現在でも風師山の一角(展望台付近)は**「風頭(かざがしら)」**と呼ばれています。関門海峡からの強い風を真っ先に受ける「風の頭(先頭)」という意味です。
​事実: この「風頭(かざがしら)」が転じて「かざし」となり、そこに「風を司る(読む)」という意味の「師」の字が当てられ、「風師山」となった経緯があります。
​3. 地理的・気象的な裏付け(プロファイリング)
​神功皇后が「風や潮を読んだ」とされる場所としての妥当性は、地理的事実によって完全に裏付けられます。
​視界: 風師山(特に風頭付近)からは、関門海峡の東(周防灘)から西(玄界灘・響灘)までを一望できます。潮流の複雑な関門海峡を抜けるためには、この両方の海域の状況を同時に視認できる場所が不可欠です。
​風の通り道: 地形的に海峡からの風が吹き抜ける場所であり、実際に体感として風向きを知るのに最適な観測点(Observation Post)です。
​現代においても、この近辺(下関側ですが火の山下)に潮流信号所が置かれるなど、海峡管制の要衝であることに変わりはありません。
​結論
​ご提示の**「神功皇后が手をかざして風を読んだ」という由来は、地域の伝承事実として正解です。
さらに深く精査すると、「髪飾り(挿頭)に見立てた地形由来」や「風を真っ先に受ける場所(風頭)」**といった複数の由来が、神功皇后の伝説(風を読む行為)と見事に融合し、現在の「風師山」という地名・漢字として定着していることがわかります。
​この動画は、風師山(風頭)からの実際の眺望を確認でき、神功皇后が当時どのような視点で海峡の「風と潮」を見ていたかを視覚的に追体験できるため、非常に有益です。
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あき

あき

美術館とか行ったりする?笑美術館とか行ったりする?笑
こないだゴッホ展行ったよ〜
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萌柳

萌柳

私には一つの思案がある。
それは思考は基本的に感情を正当化したりあるいは感情を認めるために利用される社会上の道具なのではないだろうか?ということである。
ゆえにこれに従えば人間は理性によって感情を大幅に克服することができたとする仮定は、それは思考というベールに潜むプロセスを見つめることができていないのかもしれない。

(なお本文は要約を多用しているため、多少の読み飛ばしを行うことを推奨する)

以下に詳細を示す。
まず人間の感情と思考の分類というのは、困難なものであるが仮に以下の二つに分けておく。
- 思考…説明可能な処理プロセス
- 感情…説明不可能な処理プロセス

なお説明というのは自認するということであり、説明不可能であればなぜそのような結論になったのかを知らないということを意味する。

つまり簡単に言えば前提として思考とは何かを考えるプロセス、感情とは何かを思うこと(自発) として考えておく。すると何かを考えるプロセスということはなんらかの原因が存在し、そして結論が与えられると言い換えることができるはずだ。
であれば単純な話として思考に対しては必ず提題として何らかの初期原因が存在するはずである。この初期原因が外部であるか内部であるかは双方考えられるため、ここでは詳細に語らないが、これにより思考は感情によって自発した原因を元に考えているあるいは考えることができるということが言える。

そして言い換えるならば思考には目的を伴った原動力が必要であるということになる。そして、この原動力が過去、感情が主役として担ってきたことは歴史上そう違和感のあることではないかと思われる。

もちろんここで私は思考は感情に支配されていると説明しているわけではない。
確かに、思考が他種族に比べて特異的な成長をしてきたことや思考それ自体が存在するということはその通りである。数学などの客観性の高い学問などは最たる例であろう。
しかし、わたしが指事する重要な要素というのは思考は感情と共に存在してきたあるいは多分に影響を受けてきた存在でもあるということであって、社会において理性(思考)と感性(感情)を極端に分離する あるいは絶対視するというのは困難なことでありおよそ早計であるといえようということである。

そもそも思考が発達した一つの理由というのは自身の主張である感情を他者に説明可能な形で共有することであり、そして同時に自身の感情の不合理を思考による共有不能という形によって明らかにすることであった。であるから思考が感情に対して一つ離れた位置を獲得しているにしても、感情を必ず対象としていることを忘れると錯誤に陥りやすくなるだろう。

そして次に機能について着目すると思考のみの独立した運用には制約があることも分かる。
実際に使用される思考の過程というのは必ず先行して人間があり、思考だけが存在していてもそれは我々が想定するような思考という意味では機能しない。それは例えて言うならば入力を与えられない反応式の計算機に近しいものになる。
先に数学を例にあげていたのでこれに合わせて書いておくと数学が発達するのは、数学者の好奇心であり実人間の楽をしたいと望む思いが初期原因として存在するからと言えよう。

そして、この思案に従えば、人間中心主義というのが科学の発展の後に歴史的に再評価されるようになったことは当然であるかもしれない。先ほど指し示したように、科学も例外なく先行した思考のみで成り立つものではないと考えられるからだ。

ゆえに、思考と言うものに対しては感情とは隔絶したまたは完全に分離した印象と言うのを抱く人もいると思うのだが、最近私は実はそうでもない可能性があると思っているということを書いておく。


以上、御精読いただき大変ありがとうございます。
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