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☆刑場のとりもつ遊郭の縁

天狗坂夕木枯のおもひでに 万太郎

聖天裏の天狗坂を下ると隅田の大川端で竹屋の渡しがあった。聖天町の空地には千住小塚原に刑場ができるまでお仕置場があった。この仕置場は、もともとは日本橋本町にあったものを、家康の江戸入国後鳥越神社そばの須賀橋(地獄橋とま呼ばれた)付近に移し、さらに正保二年(1645年)家光の時そこから移された経緯を持っている。刑場の移動は常に死体を処理する人間たちの移動を伴っている。弾左衛門の住居も日本橋室町から家康入国後新鳥越へ引越している。弾左衛門は、「河原巻物」と呼ばれる由緒書をもっていて、源頼朝から、平民であれば負担せねばならぬ税などを免除される特権を保証された「職人」であった。職人、すなわち専門職能を通して、天皇や将軍・寺社に奉仕する非農業民であり、近世以降の差別問題の、以前には、宿の者、河原者も石工や医師、山伏、辻君(街娼)、博奕打、鍛治などと同じ"道道の輩"であった。新鳥越(旧吉野町)は鳥越神社のある元鳥越ではなく、新しい鳥越であって山谷堀の北、今戸橋の次の橋を新鳥越といった。古地図を見ると今戸八幡裏の寺にぐるりを囲まれた格好の広い土地が俗に新町と呼ばれ、疱瘡神白山権現をまつっている。この新鳥越の北が山谷と呼ばれる地で、そのはずれに泪橋があって、それを越したところが小塚原の刑場で、処刑される者との別れの泪橋なのであり、江戸の境界として千住宿への旅の一歩を踏み出す(江戸処払いはここから外へ追い払うのである)、やはり別れの橋なのだった。
 江戸のもうひとつの刑場であった鈴ヶ森は品川宿の先にあった。この鈴ヶ森は、小田原北条家の浪人庄司甚左衛門が駿河国の旅籠主人らと計り、足洗女を集め遊女屋をはじめたところで、のれんに鈴をつけて客がくぐると鳴って女が顔を出した。甚左衛門は元和三年(1617年)日本橋東堀留川親父橋東の葦沼を拝領し、そこを埋め立てて吉原遊廓を造った(難波町、高砂町、住吉町、新和泉町の方二丁、現在の人形町、堀留町、富沢町にまたがる)。吉原は、秀吉の馬の口取だった原三郎左衛門が天正十七年(1589年)京都の柳の馬場に傾城屋をあつめて造った柳町遊廓を原形としており、京橋柳町、鎌倉河岸にあったもののほか京や駿府からきた傾城屋を全部集めていた。これが明暦三年(1657年)一月の振袖火事であえなく類焼し、浅草田圃裏日本堤の沼地に移転させられ新吉原となった。その新吉原へは大川から山谷堀へ入ってまず今戸橋をくぐっていく。これは因縁である。
 浅草という江戸の一大盛り場の構造は重層的だ。雷門から仲見世を通って本堂へ抜ける寺筋、その奥に奥山という見世物小屋、猿若町という芝居町を配し、更に奥に吉原というかこわれた遊里を内蔵し、またその奥に小塚原の刑場を持ち、弾左衛門たちをはさんで大川に沿っている。死と再生の世界、この世とあの世がここで混ぜこぜになっている境界領域が浅草という街を特徴づけている。
 「廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝(どぶ)に燈火(ともしび)うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行来にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺(たいおんじ)前と名は仏くさけれど、さりとは陽気の町と住みたる人の申しき……」とはじまる樋口一葉の『たけくらべ』は、一葉が龍泉寺町に間口ニ間、奥行六間、左隣酒屋、庭あり、敷金三円、月一円五十銭で家を借り、荒物や駄菓子などを売る小店を開いていた一年たらずの短い時間が小説となった。
 「此家は、下谷よりよし原がよひの只一筋道にて、夕がたよりとどろく車の音。……行く車は、午前一時まで絶えず。かへる車は、三時よりひびきはじめぬ」と一葉は日記『塵の中』に書いて、通る車の数をかぞえたりした。
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