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恋人が泊まっていいよと連絡をくれたのだけど、なんだか悪くて断った。ホームレスといっても、じっさいに外に寝たのは一回きり。
しかも、ひとに話しかけられて怯えてしまい、神社のお賽銭箱の後ろに隠れていたのだ。多くの夜はバーや喫茶店で時を過ごし、昼の環状線のソファで眠っていた。
降雪の日にホームレスの方はどんな風にスープを温め、どのように身体を暖めて夜眠るのだろう。わたしはそんな体験のあとでも、知らないままだ。
時には、彼女が夢に出て、眠りに就こうとしながら、彼女がよく話してくれた、小さい頃デンマークへ連れて行かれた出来事について、再び語ったりした。
もっと正確に言えば、それは“デンマークという国”の話ではなかった。それは端的に云えば、彼女が言葉を覚え、はじめて好きになった男の子と踊り、ひとが死ぬのを見た、小さな土地でのことだった。
それは彼女が永遠に失った場所であり、人が何かを失ったとき、そのことを忘れることができなくなる。その意味での喪失だった。
彼女はほかの話もしたが、ほとんどいつも同じ話を繰り返していた。
そしてわたしは、彼女の部屋にいると、彼女が歩いた道、小道、樹々、人々、動物たちが見えるような気がするようになった。
深夜営業の喫茶店はほとんど見つからない。わたしは"御代わり自由"のコーヒーを頼み、本を読み耽り、定期的にウェイターさんが淹れてくれるコーヒーを飲み、空が白んで来るのを待った。
勘定のときには、わたしがいつもスタンプカードを失くすので、彼女は失くした分のスタンプを新しいカードに押印してくれるのだった。
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