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みゅんひ
回答数 5>>
四次元的な球体のサイズは、時間経過とともに膨張していると考えられるので、これが最終的に最大になるときが「宇宙の時間が終わる時刻」だと考えられます。宇宙には「終わる時刻」があるんです😁
とまあこういうことが書いてある、わしの面白い投稿を読もう😂面白いから😁
#セカトリ

みゅんひ
こうすることで、時間のはじめから終わりまでで起こることすべてを自分のコントロール下に置けます。そのうえで「忘れている自分」(=【地獄】にいる今の僕たち)にとっては何もかもが初めての体験、という相反する二つの事象を同時に満たすことができるようになります。
この仕組みこそが
モト
なんです。
神さまは、自分を「セカイを構成する最小単位」まで細かく細かく分割することで、セカイのすべてでありつつ、僕たち自身でもあるという矛盾を解消したんです。
だから、僕たちのココロはモトでできているんです。
#セカトリ

みゅんひ
電光掲示板によるこういう「文字の移動」を
アニメーション
といいます。皆さんもよく知っている言葉ですよね。これはたくさんの絵を次々に表示することで「絵が動いて見えるようにする」技術のことです。電光掲示板の文字が動いて見えるのは「アニメーション」だからです。
さて…
そこで、ですよ。
僕たちが今見ている、現実世界の「物体の移動」が、さきほどの原理で「モトの出現と消滅」によって表現されているのだとしたら…
この「物体の移動」という現象の本質は、実は
モトによるアニメーション
である、という結論になってしまいます!!!
…エラいことになってきました(笑)続きは次回!!
#セカトリ

みゅんひ
ですが、モトの話から考えられる神さまの姿というのは、そういうものとは全然違います。そもそも「特定の形をしていない」という特徴を持っているのですが、それでは分かりづらいと思いますので、ここでひとつ、わかりやすくバーンとご紹介したいと思います。
実は、もう『モトの話』には【神さま】が登場しています。それも『上級編』の中盤です。だいぶ前ですね…(笑)
ただ、あのときは【神さま】という「概念」を話してしまうにはまだ早かったため、これが神さまです!と紹介できなかっただけなんです。
では、改めてご紹介しましょう。
【神さま】は
うに
です!!!!!!
#セカトリ

みゅんひ
エキスパート編で書いてきたとおり、宇宙の終わりに向かって時間軸のシナリオが書いてあるのだとしたら、知性の発達した我々人類という生物が地球で発生し繁栄することも、シナリオの重要な部分として書かれているはずです。そしてこの「知性」というものがあるからこそ、我々人類は色々なことに
「気づく」
ことができたのです。
たとえば
・水は高いところから低いところに流れる
・空間が空気で満ちている
・体調不良の原因の一つは目に見えない小さな生き物のしわざ
・物体はとても小さなツブツブでできている
などなど。そして、21世紀の今
・ココロはモトというツブツブでできている
という新しい発見をこの「知性」がやってのけました。
#セカトリ

みゅんひ
癒やさない!霊感ゼロのノン・スピリチュアル理論『モトの話』エキスパート編です。
今回から
【神さま】
の話に入ります。
上級編の最後に予言したとおり、この【神さま】は確実にいます。いますけど、おそらく今これを読んでいるみなさんが『神』という言葉を聞いてイメージするものと全ッッッッッッッ然違うものです。ですから表記も
【神さま】(さま、はひらがな)
というふうに独自のものを使っています。そもそもこの【神さま】はアガめたりタテマツったりするものではないので(敬意を払うのは大事ですが)、「さま」というひらがなには「親しみ」を込めています。関西弁の「~やん」とか「~はん」といったニュアンスです。
#セカトリ

みゅんひ
癒やさない!霊感ゼロのノン・スピリチュアル理論『モトの話』エキスパート編です。
今回は「なぜ我々には「意思」があるのか?」という話です。
前回まで【アタマ】というものと空間のモトの話をしてきました。僕たちにはココロ(モトでできた存在)がありますので、カラダとココロだけあれば、本来なら地獄ライフを十分に送れるはずです。すなわち、生まれて、生きて、siんでいく。地獄ライフとはこれだけのシンプルなものであったはずなんです…【アタマ】さえなければ。
この「意思」を司(つかさど)る【アタマ】があるからこそ、僕たちは色々なことで悩み、苦しみ、そしてストレスを感じるわけです。なぜ僕たちにこの【アタマ】がついているのでしょうか。
#セカトリ

みゅんひ
癒やさない【霊感ゼロでも解かる】ノンスピリチュアル理論:モトの話。エキスパート編です。いきなり難しくなってきましたね。
モトというのは『動かない粒子』です。にもかかわらず、モトは『物体の移動』を司(つかさど)っています。一見矛盾するこの二つの事実を、どうすればうまく説明できるのか…。
ここで出てくるのが「ラバランプ」なんです。No.5で紹介した、おしゃれなランプです。
アレの中で液体がグルグル対流して、内側が外になり、外側が内になり…というのを繰り返している様子を見て、僕はこの説明に気づきました…アタマが爆発するかと思いました(笑)。
何に気づいたかと言うと…
「三次元空間には【裏側】がある」
ということです。
#セカトリ

みゅんひ
前回まで書いてきたとおり、この【アタマ】はココロとよくケンカします。その状態を「ストレス」といいます。つまり【アタマ】さえなければストレスなんて感じなくてすむわけです。
ですが…逆に考えるとこの【アタマ】こそ
ココロに逆らうチカラ
を持っている唯一の機能なんです。カラダはあまりココロに逆らいません。ココロが思い浮かべたとおりに動いてくれます。怖いときは逃げる、苦しいときはジタバタする、面白いときは笑う、そういうことをしてくれます。
ですが、人間には発達したアタマがあるから「今笑っちゃだめだ」とか「苦しいけど笑顔を見せないと」など、シチュエーションというものを判断して行動をコントロールできるんでしたね。
#セカトリ

みゅんひ
宇宙の最終的な目標が「空間すべてを【有】のモトにすること」で、そうなるように「宇宙の歴史」のシナリオが書いてある、と説明しましたよね。そしてそのシナリオの中には当然「僕たちの住んでいる地球に生命が誕生する」ということが書いてあるわけです。
なぜ宇宙は歴史のシナリオに「生命の誕生」を書き込んだのか。それは命というものが
「モトのジェネレーター」
だからです。
上級編で書いたような「生き物のココロにだけ『モトを増やす(【無】を【有】に変える)機能』がある」という仮説はここに由来します。そもそも、宇宙空間に「【有】のモトを増やす」という目的で
『造られた』
ものこそが、命というものだと考えられるからです。
#セカトリ

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みゅんひ
回答数 44>>
わしは「ココロには材料と量がある」という研究を30年続けてきた者です。この“ココロの材料”である粒子に【モト】という名前をつけ、その性質とわしら人間との関わりを探ってきました……その結論が、さっきの「答え」なんです😊
わしが編み出した、新しい心のあり方の概念である#モトの話 では、ココロは「粒子の集まり、という実態のあるもの」だ、とします。そしてその“量”の増減に応じて、ココロは「感情」という行動の指針を出してきます。
ココロには、保持するモトの量が増えると、幸せを感じる仕組みがあります。ゆえに、わしらはココロのモトの量を増やそうとして、より“幸せを感じるような行動”を取ろうとします。
(くわしくはわしの投稿か本を読んでくれ😁)
この【モト】という粒子が「なぜ宇宙に存在するのか?」ということを突き詰めていくと、最終的に「なぜココロがモトでできているのか?」と同じ結論に行き着くことが分かっています(くわしくはこのまえ#セカトリ に書きました)。ですから、わしらがどうして生きているのか?の答えが、先ほどの
『モトあつめをするため』
(=ココロの量を増やして幸せに暮らす)
になっちゃうんです😁
どうやって集めるのか?(≒どう生きる?)ということについても前に書いていますので、気になる人はどうにかして投稿か本を読もう😅DMも受け付けてますよー😊



みゅんひ
では一旦この『モトの話』シリーズはおしまいです。本当に長い間お付き合いくださってありがとうございました。
シリーズは一旦シメますが、僕はモトおじさんなので、これからもこの『モトの話』をどこかでやるつもりでいます。今まで書いてきたことは電子書籍やnoteにまとめていますし(宣伝したらアカンらしいので詳しくは書けませんが)、電子書籍を紙の本にする作業も進めています。ご興味があればぜひ探してみてください。
最後に…
『二番目のモトあつめ』は、たくさんの人がいっぺんにやればやるほど、増えるモトの【量】が多くなります。コンサート会場の熱気の話を思い出してください(初級編)。世界全体が常にああいう環境になれば、僕たち人類は全員が「幸せ」を目指しやすくなるんじゃないかと考えています。
もちろんいわゆる「全体主義」に走るのは良くないですし、そこは【アタマ】を使う必要があると思います。ゆえに、人類に今一番必要なのは
【アタマ】のトレーニング
のような気がしています。
このモトの話を読むこと、それそのものがいい【アタマ】のトレーニングになるでしょうし、その結果が『二番目のモトあつめ』につながるならこれほど素晴らしいことはないと思っています。
みなさんにモトがたくさんありますように!
お し ま い
#セカトリ

みゅんひ
このセカイの「シナリオ」には『監督』がちゃんとついている、ということです。だから安心して僕たち「役者」はシナリオ通りにやればいいということになります(シェイクスピアも「地球は舞台、我々は役者」という言葉を残しています。まさにそのとおりなんです)。
だけど…僕たちはシナリオを「知らない」ので、他人はあくまで「自分のコントロールできない存在」としか認識できないんでしたね。だから、上級編では
「他人がすることは、自分がするかもしれないこと」
と考えましょう、と書きました。
結局、これは構造上「そのとおり」なんですね。だって、僕たちという存在は、全員が「神さまが演っている」ものに過ぎないからなんです。天国の神さまから見ると、僕たちは「両方とも自分の指」にしか見えないんです(上級編参照)。
一方で、地獄の僕たちにはやっぱり「他人は他人」という風に見えるんです…とても良くできた「システム」だと思いませんか?
だから、これから先誰かの「イヤな面」を見たら「他人っていうのはよくできたシステムだなぁ」と考えて「この人がしていることは、自分がいつか別の人にすることかもしれないな」と、自分の人生の参考にしてみてください。そうすると「この他人」が「自分自身を傷つけている」ことがなんだか気の毒になってきます。
「他人がすることは、自分がするかもしれないこと」
誰かにイヤな目にあわされたと感じたら、これをよく思い出してくださいね。
#セカトリ

みゅんひ
こういう構造のセカイを「見守っている」のが、設計をした【神さま】だ、という話になりました。神さまは僕たちを常に見守っているんです…そして、ちょいちょい手助けをしてくれています(時間の修正についても、お話しましたよね)。
もしあなたの人生がとてもツラいものなんだとしたら(僕のものもそうでした…生きていることが本当に苦痛でした)、その苦しみには絶対に何らかの【関わりの網目】が絡んでいます。意味がある、ということです。もしかしたら、今の【関わりの網目】だけでなく、あなたが将来体験する未来の【関わりの網目】の布石や準備だったりするのかもしれません。
僕のリアルに血を吐きながらうまい棒だけで過ごした若い頃も、今この『モトの話』をするための布石だったと今なら分かります。それに、僕の父親は絵に書いたようなダメ人間でしたが、そういう人生も僕がこの『モトの話』を考察するための「反面教師」になっています。父親のことは大嫌いですが(今でも)、愛してもいます。嫌いと愛は共存できるんでしたね。
こういう「シナリオ」を常に監視して、ちゃんと『宇宙の終わり』につながるようにしているのが神さまなんです。だから神さまは多分
映画監督
のような存在なんです。
#セカトリ

みゅんひ
最後にもう一度繰り返しますが、ジンセイの正解は
『効率のいいモトあつめをすること』
この一点に絞られます。そのためのテクニックを、10ヶ月かけてじっくり説明してきました。
入門編では
・モトという「ココロの材料」があるよ
・ニンゲンは三つのパーツに分かれているよ
・モトは素粒子だよ
初級編では
・カンジョウが出るのはモトが「やり取り」されるからだよ
・カンジョウが出るときには「好き嫌いゲージ」が関係するよ
・カンジョウには「メカニズム」があるよ
・「メカニズム」を知ると、カンジョウとの付き合いが楽になるよ
中級編では
・恋と愛は違うよ
・恋は「カラダ」から出る気持ちだよ
・恋は「アタマ」でコントロールできないよ
・一方で愛は「アタマ」を通して出るよ
・愛は【モトの量】だよ
・愛は状態を表す言葉だよ、気持ちとは別だよ
・オカネはモトの劣化コピーだよ
・オカネを集めても幸せになるわけではないよ
・一方モトは集めると「必ず」幸せになるよ
・それがココロの「メカニズム」だからだよ
上級編で
・ジンセイには「意味」がちゃんとあるよ
・生きsiにに【大いなる矛盾】という仕組みがあるよ
・だからこの世は【地獄】だよ
・siんだら【天国】に行くよ
・【天国】は【両手じゃんけんのセカイ】だから【地獄】に来るよ
・時間は「流れていない」よ、終わりまですでに全部あるよ
・僕らは人生のシナリオを『体験する』ために生まれてくるよ
・命は本当は「一個」しかないよ
・その命が枝分かれした先っちょが君の命だよ【うにのトゲ理論】
・相手は自分自身だよ、あなたはわたしだよ
・こういう構造だから、究極のモトあつめは『許すこと』だよ
・許すためには「所作(しょさ)」があるよ
・「選びなおす→あきらめる→許す」だよ
・許せるものが多ければ多いほど人生は楽だよ
・まず自分自身を許すと楽だよ【自分ファースト】
こういうことを書いてきました。そしてエキスパート編ではこれらにまつわる「なぜそうなの?」全部に答えてきましたよね。
#セカトリ

みゅんひ
※ご注意※
『モトの話』の最終奥義として【神さま】の話をしています。ですがこれは
・特定の宗教への勧誘
・創作した宗教団体への勧誘
・モトの話への信仰の要求
を目的としたものではありません。
癒やさない!だから【解かる】霊感ゼロのノン・スピリチュアル理論
『モトの話』
エキスパート編、ついに最終回です。
これまで長いことモトの話にお付き合いくださってありがとうございました。入門編で「ココロには材料と【量】があるよ」とお伝えして10ヶ月。やっとその理由をお話しできました。とても難しい話だったのではないかと思いますが、エキスパート編と題して遠慮なく書かせていただきました。
特に【神さま】という存在を宇宙空間の構造から類推する、という試みは史上初なんじゃないかと自分で思っています。
もちろん、これまでフィクションやスピリチュアルや宗教研究でこういった【神さま】についての考察はたくさん行われてきましたが、僕たちが毎日を営んでいる「現実」という側面でここまでしっかりとした考察をしたものはなかなかないのではないかと自負しています。
たった一人で30年も考えてきましたのでね…。
#セカトリ

みゅんひ
こういう構造なので、あなたがこういうことを知って
「神がなんぼのもんじゃい!わいはわいの生き様さらすんじゃい!」
と反抗することも織り込み済みです。そしてその果てに
「やっぱ神さまはおるんじゃのう…」
とさとるのも、もちろん織り込み済みなんです。神さまは時間のはじめから終わりまでのすべての生き物の一生を、同時に体験しているからです。
(天国では時間が「流れない」ことを考えると『同時』というのはちょっと語弊があるのは承知していますが、適当な言葉がないのでそのまま使います)
ですから、僕たちにとって一番「ラクしてトクする」生き方というのは
素直であること
だと、モトの構造から考えられます。他の人の気持ちに素直に寄り添うこと、そして何より「自分ファースト」です…自分の気持ちや考えに素直になりましょう。それが結局一番【有】のモトをたくさん生み出す生き方につながっていくはずです。
ですから、明るく素直に生きましょう!面白いことで笑って、嬉しいことで喜んで、世の中を観察してアタマを使って、理不尽なことに怒り、悲しいことに涙を流しましょう。そしてみんなでできるだけ二番目の
『モトあつめをしましょう!』
…というわけでそろそろこの『#モトの話』も終わりです。最後にとても大事なことをお伝えして、シメにしますね。次回もお楽しみに!
#セカトリ

みゅんひ
そのためには常に「素直である」必要があります。
自分に嘘をつくことはできないものです。なぜなら、自分自身というものは【両手じゃんけんの状態】だからです。自分自身なんだから当たり前です。
これはすなわち【神さま】に嘘をつくことができない、ということを意味しています。なぜならあなた自身が(すっかり忘れているだけで)【神さま】自身、【神さま】そのもの、現人神のような存在だからなんです。
大きな命のかたまりである「うに」本体は、もちろん自分が【神さま】であって、あなたを「演っている」ことを自覚しています。ですがトゲの末端であるあなたは「忘れている」状態に置かれています。
忘れているからこそ「おてんと様とて気づくまい…ククク」のような「こっそり」なにかすることができるわけです。でも、構造上【神さま】にはただの一つも隠し事ができません。あなたがやっていることは神さま自身がやっていることだからなんです。
実際問題、生物というものは全部がそういう構造で、また「空間すべてがモトでできている」ゆえに、宇宙空間全体の状態もそういう構造なんです。
つまり、やっぱり
【神さま】は「全知全能」である
といえます。知らないことが一つもないんです。自分の知らないことは、構造上起こり得ないんです。
#セカトリ

みゅんひ
これまで人類の歴史で、アタマの優れた『愛の先人たち』『モトあつめの達人たち』が、色々な「いいこと」を教えてくれました。たとえば
人に優しくしなさいとか。
自分を大切にしなさいとか。
人に施(ほどこ)しをしなさいとか。
オカネを大事にしなさいとか。
隣の人を愛しなさいとか。
人生は競争だとか。
…上級編で紹介したこれらの「どっちやねん!」という「いいこと」がその場その場で「どういいのか?」というのも、すべて
・二番目のモトあつめ(増やすモトあつめ)
に繋げられるかどうか、が基準になるはずです。
そしてそのときに、中級編・レンアイのトリセツでも書いた
「私が今【愛】なら、どうするだろう」
という【愛の問いかけ】が役に立つはずです。愛とはモトの量でしたね。今もしモトがココロにいっぱいあったら、どう振る舞うだろうか?それこそが二番目のモトあつめの入り口なんです。
#セカトリ

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