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⸻
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危険を察知する力を持つが、
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#エリオス物語
第2話エリオス ― 森で目覚める、ふたりのエルフ
前編
家を出て少し歩くと、山の空気はさらに澄んでいた。
草を揺らす風の音と、遠くで鳴く鳥の声が聞こえる。
ライゼンに言われた通り、森には入らないつもりだった。
境目までは何度も来ているし、その先へ進む理由もない。
――本当なら、そうするはずだった。
そのとき、突然、地面が大きく揺れた。
「……え?」
足元の石が転がり、体がぐらりと傾く。
山の斜面が一部崩れ、小さな落石が起きていた。
「うわっ……!」
避けようとした瞬間、エリオスは足を滑らせた。
そのまま、転がるように斜面を下っていく。
気がつくと、視界は木々に囲まれていた。
「……しまった」
立ち上がって周囲を見回す。
どうやら、森の中に入り込んでしまったようだ。
すぐに引き返そうとした――その時。
森の奥から、かすかに空気が震えるのを感じた。
音ではない。
風でもない。
胸の奥が、じん、と鳴った。
(……なに、今の)
理由も分からないまま、エリオスは足を進めていた。
⸻
木々が円を描くように開けた場所に出たとき、彼は息を呑んだ。
淡い光に包まれた空間。
その中央に、二人の少女が横たわっている。
「……人?」
近づいて、すぐに分かった。
人のものよりも長く、先端がわずかに尖った耳。
髪の隙間から後ろへ流れるその形は、隠すつもりもないほどはっきりとしている。
木漏れ日を受けて淡く輝く肌は、まるで光を透かしているかのように白く、森の緑の中で浮かび上がって見えた。
――エルフだ。
黒髪の少女は、外見から見て十代後半だろうか。
体つきは引き締まり、簡素だが動きやすそうな装いをしている。
眠っているはずなのに、どこか警戒心を残したような表情があり、戦いに慣れた者特有の静かな緊張が感じられた。
その腕に寄り添うように、もう一人――明らかに年下の少女が眠っている。
淡い色の髪は柔らかく、頬はまだ幼さを残して丸みを帯びていた。
小さな胸が規則正しく上下し、安心しきった寝顔からは、危険というものを知らない静けさが滲んでいる。
二人は苔と草の上に横たわり、互いの体温を確かめるように身を寄せ合っていた。
足元には踏み固められた痕跡もなく、争った形跡もない。
まるで森が自ら場所を整え、彼女たちを休ませているかのようだった。
風が葉を揺らし、木漏れ日がゆっくりと移ろう。
その光の中で、二人は――
「倒れている」のではなく、「眠らされている」ように見えた。
「だ、大丈夫……?」
呼びかけた瞬間。
姉らしい少女の目が、すっと開いた。
「……近づくな」
低く、鋭い声。
次の瞬間、エリオスは自分の喉元に、冷たい“気配”を感じていた。
何も持っていないはずの少女が、そこに“構え”を作っている。
「え……?」
「誰。ここに来るなって、分からなかった?」
少女の瞳は冷たい。
完全に、警戒している。
その背後で、もう一人の少女が身を起こした。
「……リセリア……?」
眠たげな声。
「大丈夫だよ。……この人、そんな感じじゃない」
そう言って、妹の少女はエリオスを見る。
「ね?」
不思議と、責める色はなかった。
「……俺はエリオス。わざとじゃないんだ。事故で……」
「言い訳」
即座に切り捨てる声。
「森に入った時点でアウト。知らない人間は信用しない」
それが、リセリアだった。
妹の少女は、困ったように笑う。
「私はフィローネ。……ごめんね、姉がこうで」
「ちょっと、フィローネ」
「だって、本当だし」
フィローネは、エリオスをまっすぐ見つめた。
「怖がってないよね。私たちを」
その問いかけに、エリオスは一瞬だけ考えた。
驚きはあった。状況も、相手も、すべてが予想外だった。
それでも、胸の奥に湧いた感情は――恐怖ではなかった。
「……うん。驚いたけど、怖くはない」
正直な答えだった。
フィローネは、その言葉を聞いて、少しだけ嬉しそうに目を細める。
「ほら」
「……甘い」
すぐさま、リセリアが舌打ちした。
「見た目で判断するな。こいつ、何か変だ」
「変?」
フィローネが首をかしげる。
「……説明しにくいけど」
リセリアはそう言って、エリオスの足元へと視線を落とした。
地面に、空気に、目に見えない何かを探るように。
「“空気”が揺れてる」
風もないのに、そこだけが歪んでいる。
まるで、世界のほうが彼を避けているかのように。
リセリアは視線を戻し、鋭く問いかけた。
「……あんた、何者?」
その言葉に、エリオスは言葉を失った。
「……ただの、村の少年だよ」
口にした瞬間、それが完全な答えではないことを、本人が一番わかっていた。
嘘ではない。
けれど、真実でもない。
エリオス自身、自分が何者なのかを知らない。
育ててくれたのは、ライゼンだった。
物心ついたときには、すでに一緒に暮らしていた。
――自分は、どこで生まれたのか。
――なぜ、村にいたのか。
そう尋ねても、ライゼンはいつも同じ答えしか返さなかった。
「今は、知らなくていい」
それ以上は、何も教えてくれない。
だからエリオスは、知らない。
自分の過去も、始まりも、理由も。
ただひとつ確かなのは――
自分が“普通”ではないらしい、ということだけだった。
重くなりかけた沈黙を、ふいに破ったのはフィローネだった。
「ねえ。お腹すかない?」
「……は?」
唐突な一言に、エリオスは思わず聞き返す。
「さっきまで寝てたから。すごく」
あっけらかんとした口調だった。
そのせいか、張りつめていた空気が一瞬だけ緩む。
「この流れで食欲の話!?」
「大事だよ。生きる基本」
フィローネは当然のように言い、立ち上がると周囲を見回した。
足元の草をかき分け、低い枝に手を伸ばす。
慣れた手つきで木の実を見つけ、いくつか摘み取った。
「ほら。これ」
「……森のもの?」
「うん。甘いよ」
エリオスは少し戸惑いながら、それを受け取る。
「……俺、食べ物は何も持ってなくて」
フィローネは気にする様子もなく笑った。
「そっか」
「じゃあ、分け合えばいいね」
そのやり取りを、少し離れた場所でリセリアは黙って見ていた。
腕を組み、警戒を解かないまま――それでも。
「……」
差し出された木の実を、ひとつ手に取る。
口に運び、噛みしめてから、小さく呟いた。
「……悪くない」
それだけ言って、リセリアは視線を逸らした。
警戒を解いたわけではない。ただ――拒絶の温度が、少しだけ下がった。
(……完全に拒絶してるわけじゃ、ないのか)
木の実を食べ終えたころには、森の光は少しだけ傾いていた。
木々の隙間から差し込む陽が、長い影を地面に落としている。
「……日、傾いてきたね」
フィローネが空を見上げて呟く。
「ここ、森の奥だし。夜になると危ないよ」
その言葉に、エリオスははっとした。
「……あ」
自分の家へ戻る道が、もう分からない。
気づけば、来た方向すら曖昧になっていた。
リセリアはその様子を見て、小さく舌打ちする。
「……やっぱり」
「え?」
「帰り道、分からない顔してる」
図星だった。
「……すまない。多分、迷った」
正直に言うと、リセリアは一瞬だけ目を伏せた。
「……はぁ」
深く、ため息。
「言ったでしょ。森に入るなって」
「ごめん……」
そのやり取りに、フィローネが慌てて割って入る。
「ま、まあ! でも放っておけないよね?」
「……当たり前」
リセリアは渋々と言った。
「夜の森に、何も知らない人間を残すわけない」
そう言って、背を向ける。
「来なさい。近くに、私たちの里がある」
「え……?」
「一晩だけ。安全な場所まで」
その言葉に、エリオスは思わず目を見開いた。
「……いいのか?」
「条件付き」
リセリアは振り返らずに言う。
「余計なことは聞かない。勝手な行動はしない」
「……分かった」
その声に嘘はなかった。
⸻ 同じ頃。
エルフの森の外縁。
結界のさらに外側で、異様な気配を感じ取った存在があった。
「……やはり、か」
低く唸るような声。
白い雷をまとった神獣――ライゼンは、立ち止まって地面に手を触れた。
森の精霊たちが、ざわめいている。
普段は人間に対して沈黙を保つ妖精たちが、
今夜に限っては落ち着きを失い、ひそひそと囁き合っていた。
「人の子が、深く入りすぎた」
「森が、反応している」
「エルフの領域まで……」
ライゼンの眉間に、深い皺が刻まれる。
「……あれほど、近づくなと言っただろう」
声には、明確な怒りが滲んでいた。
ただの迷い込みではない。
森が“受け入れている”反応だ。
それは――
守護と試練が同時に始まる兆し。
「厄介なことになったな……」
ライゼンは立ち上がり、森の奥を睨む。
エルフの森は、人間にとって聖域であり、禁域だ。
下手をすれば、里そのものが人間を拒絶し、排除に動く。
ましてや、
森に“選ばれた”可能性のある存在など――
歓迎されるはずがない。
「……エリオス」
その名を呼ぶ声には、苛立ちだけでなく、確かな心配が混じっていた。
「無事でいろ。今、行く」
雷が一閃し、ライゼンの姿は森の影へと消える。
⸻



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