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沙羅🦋
私にとってはバレンタインって事務的なんとなく行事だけど、ホワイトデーは『ちゃんと倍返ししろよ』の日😊
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………………………………
マスターの手が止まったまま、店内にロックアイスを削る音だけがやけに大きく響く。
氷が割れる、乾いた高い音。
それが、さっき路地で聞いた「やめろっ」という声と妙に重なって、私は無意識にグラスを握り直していた。
「細い路地……?」
マスターはゆっくりとこちらを見る。
笑っていない。
いつもなら冗談めかして受け流す人だ。
「いや、俺が知ってるのはね、もう一本向こう。
そこは車も入れるし、路地ってほどじゃない」
「じゃあ、あそこじゃないんだ」
仲間の一人が喉を鳴らす。
グレンフィディックの琥珀色が、カウンターの照明に揺れている。
「……そんなとこに、地蔵あったっけ?」
マスターはそう言ってから、少し間を置いた。
間が、妙に長い。
「昔は、あったらしいけどね」
その「らしい」が引っかかった。
「昔?」
私が聞き返すと、マスターは氷をグラスに落とし、ジントニックを静かに仕上げながら言った。
「西条は酒蔵の町でしょ。
昔は今よりずっと人の出入りが多かったし、
夜の路地で……まあ、良くないこともあった」
桜尾のジンの香りがふわっと広がる。
柑橘とスパイスの爽やかさが、逆に場の空気を浮き立たせてしまう。
「細い路地の突き当たりに、
人ひとり通るのがやっとの場所があってね。
そこに、誰にも見向きもされなくなった地蔵があったって話」
「“あった”?」
また過去形だ。
「再開発の時に、動かしたって聞いたよ。
でもね……」
マスターは言葉を切り、私の足元に一瞬だけ視線を落とした。
「動かしたはずなのに、
たまに“ある”って言う人がいる」
背中に、ぞわっとしたものが走る。
「あるって……見えるってこと?」
「さあね。
酔ってたんじゃない?って言われりゃ、それまでだけど」
私は無意識に、右足のかかとを少し浮かせた。
さっき掴まれた感触が、まだ靴底に残っている気がしたからだ。
科学的に考えれば、幻覚。
アルコール、暗さ、狭さ、心理的暗示。
説明はできる。
できるはずだ。
でも――
「触られた、って言う人もいるんだよ」
マスターの声は低く、静かだった。
「転びそうになったとか、
引き留められた気がしたとか。
決まってみんな、同じこと言う」
店内のBGMが一曲終わり、次の曲が始まるまでの無音の数秒。
その沈黙が、やけに重たい。
「……それで?」
私が促すと、マスターは肩をすくめた。
「それ以上、深追いしない方がいい。
西条はね、酒の神様に限らず、
“道”を守るもんが多い町だから」
グラスを差し出され、私はそれを受け取る。
氷が溶ける音が、今度はやけに現実的に聞こえた。
外は、相変わらず冷えているだろう。
あの路地も、まだそこにあるはずだ。
――地蔵が、あるのか、ないのか。
そして、あの手が誰のものだったのか。
誰も、確かな答えはくれなかった。
つづく。
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