『君は引力を信じているか?』という質問をされたので、その回答を少し詩的に表現してみました。僕は引力を、信じている。地球ではりんごが落ち、人は空を歩けない。物を落とせば、一度は跳ねる。芝生やクッションがなければ、なおさら。きっとそれは、引き寄せる力と、地面の硬さが、一瞬だけ拮抗する音──目には見えない、ふたつのエネルギーがぶつかり合う、微かな共鳴。だから僕は思うんだ。引力とは、エネルギーの“余波”なのだと。星のコアに宿る熱。内に秘めた膨大な光。その中心から、にじみ出るように漏れた波が空間を震わせて、僕たちの芯を通り抜けていく。その波──それこそが、重力波と呼ばれるものだと。アインシュタインはそれを予言し、2015年、LIGOがそれを“聴いた”。空間そのものが震える、宇宙の合唱。僕の感覚に近いのは、こういう表現だ。質量は、波を漏らす存在。そのさざめきの声量を表すのが、周波数。音にするなら、耳ではなく、鼓動の奥で、そっと響く音。そして思う。社会の中にも、引力のある人がいる。声を発さずとも空間の密度が変わる人。その人が放つエネルギーに、人は引き寄せられ、あるいは、息苦しさを感じて、そっと離れてゆく。落下速度に、質量の差はない。でも、空気があり、形がある。だから、落ち方は違う。人も同じかもしれない。誰もが何かを内包しているけれど、その“重さ”の伝わり方は、姿や声や沈黙──つまり「見え方」で変わってしまう。 存在とは、静かな振動。それは、空間にさざめく波。僕たちは、今日もその声を聴きながら抗えない力に、少しずつ引き寄せられていく。あなたは、引力を信じますか?#引力 #周波数 #星と交信