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さら
日本国憲法を読むことー📚 #日本国憲法 #勉強
チィーエア
このツイートさんは「マッカーサー元帥は無害な貧乏な国にしたかったから憲法9条を押し付けた」と言ってるけど、半分違うと思います。 確かにアメリカ合衆国の支配下を高める為に日本の軍国主義を壊して大きく戦力を無くさせたけど…屈強な米軍を大量に派遣させ在日米軍基地を建てまくって支配すればよかったのに、日本に自衛隊を設立させて防衛力を残したのは日本を信用していた節があったと思います。 だから日本の反日勢力が在日米軍おろか自衛隊を無くそうとしているのが証左かと…(5枚目画像より)。 #憲法9条 #憲法改正 #日本国憲法 #世界情勢 #パヨク
ana826^_^
戦争を 是認すること 許すまじ 日本人なら 9条堅持📖 https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_annai.nsf/html/statics/shiryo/dl-constitution.htm #ひとりごとのようなもの #GRAVITY日記 #世界情勢 #日本国憲法 #戦争放棄
象山ノート
国土国民保護そっちのけ憲法から脱却へ 憲法改正「三位一体」の提言 #日本国憲法 単なる「自衛隊明記」じゃ足りない。 国家の「責任」を定義し直すために、以下の3条をセットで動かすべきだ。 ① 第9条:ネガティブリストへの転換 改正内容:国土国民保護のための戦力保持を明記。 真意:「やっていいこと」を数えるポジティブリストを捨て、「国民を守るためなら何でもやる。ただし国民を害することだけは厳禁」というプロの論理へ移行。 これで現場が萎縮せず、本気で守れる。 ② 第76条:現場を救う「特別裁判所」 改正内容:軍事裁判所(軍法会議)の設置を可能にする(「特別裁判所は、これを設置することができない」を削除)。 真意:有事の極限で「国民を救うために動いた隊員」を、平時の刑法で裁く本末転倒を防ぐ。 現場に「プロとしての正当な評価」を与え、ベレンコ事件みたいな「命令なしで守ったのに罰」リスクをゼロに近づける。 ③ 第50条・75条:トップの「特権」を剥ぎ取る 改正内容:不逮捕特権(議員)と訴追同意権(国務大臣)を「アメリカ式」に限定。 重大な過失や有事の不作為には、現職中でも即座に法的責任を負わせる。 真意:「責任は私が取る」と言えない世襲ボンボンや覚悟なき政治家を、首相の座から排除。 角栄イズムの継承:毒杯やギロチンがない現代、政治家が負うべき責任は「辞任」じゃなく「刑罰」だ。 「事後審議」という緊張感 仕組み:緊急時は現場に全権を与え即時行動させる。その代わり、事後に国会で「正当性」を厳格に審議。 効果:首相には「失敗すれば牢屋」という覚悟を、現場には「政治が泥をかぶってくれる」という信頼を与える。 これで国民が助かる。 おわりに 逆こそ正解、空海の視点。 世論が「9条が平和を守る」と言うなら、私は逆を見る。 無責任な条文が、現場を縛り、国民を危険にさらしている。 本気で守る覚悟を取り戻すために、この三位一体でいこうぜ。 (俺的まとめ終わり)
martiny
現憲法は沢山の人が関わり書かれている。女性の人権の草案を書いたベアテ・シロタ・ゴードンの自伝 家宝の一つ。 女性人権を憲法草案に書き込んだ歴史上の人物ベアテ・シロタ・ゴードンのサインだからだ。 今こそ読むべき本。文庫本もあります。 わずか22歳の若さで日本国憲法のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)草案作成に携わり、第24条(家族生活における個人の尊厳と両性の本質的平等)の原型を書いたユダヤ系女性、ベアテ・シロタ・ゴードンの自伝です。 当時、日本の女性が置かれていた立場の弱さ(法的権利のなさ)を肌で知っていたベアテは、憲法草案の作成チームに抜擢された際、「今ここで書かなければ、日本の女性に人権は与えられない」と強い使命感を抱きます。彼女が各国の憲法を徹夜で調べ上げ、日本の女性のために泣きながら闘って勝ち取った条項の起草プロセスがリアルに描かれています。 #日本国憲法 #ベアテシロタゴードン
象山ノート
映画の感想だけど🤔 映画「宣戦布告」 『宣戦布告』が突きつける「決断」の不在と統治の真理 映画『宣戦布告』は、単なる軍事シミュレーション映画ではない。それは、平時の論理に埋没した国家が、想定外の事態に直面した際の「麻痺」を鮮明に描き出した、残酷な政治寓話である。本作が公開から時を経てなお、中古市場で価値を高め、人々の関心を引き続ける理由は、劇中の混迷が現在の日本にとっても「明日起こりうるリアリティ」だからに他ならない。 1. 逐次投入という戦術的自死 本作において最も痛恨なのは、政治が「法的な体裁」を優先するあまり、軍事・警察における最大の禁忌である「戦力の逐次投入」を繰り返した点にある。 警察からSAT、そして自衛隊へと、小出しに戦力を投じる行為は、現場の命を危険に晒すだけでなく、相手国にこちらの底知れぬ「迷い」を露呈させる結果となった。当初の座礁の時点で「間接侵略」を想定し、3時間という明確な外交的デッドラインを設けた上で、自衛隊による即時制圧を選択していれば、事態は核戦争の危機にまでエスカレートすることはなかったはずだ。 2. 「法治」の履き違えと外患誘致 劇中の政府は、憲法1から100までを文字通り守ることに拘泥した。しかし、守るべき国民の命や国家の存立基盤が揺らいでいる中で、形式的な「法守」を優先することは、事実上の統治の放棄である。 抑止力が機能しない法体系を放置し、現場に射撃許可すら出せない現状は、敵対勢力に対する「外患誘致」に等しい。1から100までマニュアルに従うだけならば、総理大臣という最高責任者は不要である。法の想定を超えた「101番目」の事態において、自らの責任で一歩踏み出し、判断を下すことこそが、人間にしか成し得ない「統治」の本質である。 3. 歴史の審判と指導者の覚悟 もし、マスコミの非難や反対勢力の「違憲」というレッテルを恐れず、国民と隊員の命を守るために「殲滅命令」を下す総理大臣がいたならば、映画としては「つまらない」結末になったかもしれない。しかし、その「つまらなさ」こそが、国民にとっての真の平和である。 同時代に「独裁者」と罵られ、政治家としてのクビを飛ばそうとも、数十年後の歴史がその決断を「救国」として正しく評価する。その孤独な覚悟こそが、かつての日本の指導者たちが持っていたはずの、そして現代が失いかけている「精神の気高さ」ではないだろうか。 結論:当事者意識という名の鑑賞術 本作を「さらば映画よ」と切り捨てず、常に「俺なら、どうする」という当事者意識を持って観ることは、知的な訓練であり、国防への一つの誠実な姿勢である。 『宣戦布告』の評価が今、再浮上している事実は、我々国民が「綺麗な言葉だけの平和」の限界を悟り、泥をかぶってでも決断を下すリーダーの登場を、切実に待ち望んでいることの証左であると言えるだろう。 #映画 #宣戦布告 #日本国憲法 #警察 #SAT #自衛隊
醜女のジョン
今ほど日本人が日本国憲法に感謝したことないやろ#日本国憲法