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実は怪我をするまで
僕は競争が大好きな人間でした

常勝が信条で
人に負けない生き方をずっと
貫いていたんです
だから人に助けてなんて
言葉は口が裂けても
言えない性分でした

それが怪我ですべて人の手を
借りなければならなくなりました

僕が一番したくない生き方でした

苦しいし泣きわめきたいし
助けてくれと言葉が口元まで
出かかってくるけど
プライドが邪魔してそれを言わせない

ここで弱音を吐いたら家族に
余計に心配をかけてしまうと思うと
なおさら言えませんでした

ある晩 苦しくて寝つけないでいると
看護師さんが声をかけてくれました

腰塚さん 寝ないと体がもちませんよ
睡眠剤が必要だったら言ってねって

その言葉に
僕の心が反応しちゃったんです
おまえに俺の気持ちが
分かってたまるかって…無意識に
彼女を睨みつけていました

その看護師さんは素敵な方でね
僕の様子にハッと気づいて
すぐに言ってくれたんです

腰塚さんごめんね
私 あなたの気持ちを何も考えずに
ただ自分の思ったことを言ってたよね
でも本当に少しでもよくなって
もらいたいと思っているから
なんでもいいから言ってほしいです
お願いだから何かさせてください

看護師さんは
泣きながらそう言ってくれたんです

彼女が去った後
涙がブワッと溢れてきました
俺の気持ちを分かろうとしてくれてる
この人にだったら助けてって
言えるかもしれないって思えたんです

それまで僕は周りからずっと
頑張れって励まされていました

でも もう十分頑張っているんだよ
これ以上頑張れないんだよって

だから救われたんです
あの時以来凄く思うんです
人の放つ一言が人生をどうにでも
変えてしまうんだなって

だから自分は言葉を丁寧に使おう
言葉をちゃんと選んで
丁寧に使おうって

泣くだけ泣いた次の朝
部屋に飾られていたお見舞いの花が
ふっと目に入りました
その時思ったんです

"せめて花みたいに
生きることはできないかな"って

手足は動かないけど顔は動きます
だったらできるだけ笑顔でいよう
口も動くんだから
できる限りありがとうって言おう

心も使えるんだから
周りの人がきょう一日元気に、
笑顔で過ごせますようにと願おう

そう決意したら いろんなものが
どんどん変わっていったんです。

ドクターとも看護師さんとも
リハビリの先生とも凄く仲良くなり
毎日が楽しくって

首の神経が全て切れていなかった
のも幸いして 奇跡的に車椅子に
移ることができたんです

事故に遭った事実は変わりません
でも起こったことの見方
捉え方は変えることができるんです

そして生き方を常勝から
"常笑"に切り替えて いつも笑顔で
いよう いつも感謝をしよう

周りの人々の幸せを願おうと
決意したら 毎日の小さな幸せに
気づけるようになったんです

自分がいかに周りの人たちから
助けていただいているかが
実感できるようになったんです

#腰塚勇人
#致知
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