"本来空寂"人は誰しも一人で生まれ一人で死んでいくこの事実を思うと どこか心細さを覚えるかもしれませんしかし禅では この在り方を本来空寂と表現します空っぽで静かで何ものにも縛られていない状態孤独とは欠落ではなくもともと私たちが持っている自然な姿なのです人は孤独だからこそ考える時間を持ちます自分は何を大切にしたいのかなぜこの言葉に傷ついたのか孤独な時間は心を掘り下げるための静かな場所でもありますそして深く考えた人ほど他人の痛みに気づけるようになる優しさは にぎやかな場所ではなく静かな内面から育つものです私たちはつい 理解されたい優しくされたいと願いますしかし禅の教えは順番が逆だと示します優しさを求める前にまず自分から相手に優しく接してみるほんの一言の気遣い相手の話を最後まで聞く姿勢それだけで 人との関係は少しずつ変わっていきます孤独は私たちを弱くするものではない孤独を恐れず逃げずに受け入れるその静けさの中で育った優しさは必ず誰かに届き巡り巡って自分の人生を支えてくれるより良く生きるとは孤独を消すことではなく孤独と共に歩くことなのかもしれません#枡野俊明#禅の教え