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なお

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落ち穂に隠された神の導き

僕が申命記を読んでいて、胸に深く刻まれた掟があります。

申命記24章19節の言葉です。

「あなたが畑で収穫をするとき、もしその一束を畑に忘れたら、それを取りに戻ってはならない。それは在留異国人や、孤児、寡婦のものとしなければならない。あなたの神、主が、すべてあなたの手の働きを祝福されるためである。」

一見、小さな取り決めに思えるこの掟が、後に一つの運命的な出会いを生むことになるとは、当時の人々も想像できなかったでしょう。

ボアズが選んだ「掟を超える守り」

ルツ記の物語を読みながら、僕はボアズという人物の生き方に深く心を打たれます。

ボアズは単に落ち穂を残すだけでなく、僕が思うに、掟の「文字」ではなく「精神」を生きた人でした。

ルツ記2章15-16節に、彼が刈り取り人たちに言った言葉があります。

「彼女には束の中からも落ち穂を拾わせ、彼女をとがめてはならない。また、彼女のために、わざと穂の束から抜き落としておき、それを拾わせ、彼女をしかってはならない。」

ここに現れるヘブライ語の「とがめてはならない」(אַל־תַּכְלִימוּהָ)には、「辱めない」「恥をかかせない」という深い意味があります。

ボアズは、ルツが尊厳を持って落ち穂を拾えるように、わざわざ束から穂を抜き落としてまで配慮したのです。

ルツが守った「もう一つの掟」

一方、ルツの生き方にも僕は深く感動します。

彼女はモアブの女性でありながら、申命記5章16節の戒めを体現していました。

「あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が命じられたとおりに。そうすれば、あなたの日々は長く、あなたの神、主が与えようとしておられる地の上で、しあわせになる。」

ルツは姑ナオミに対し、「あなたの民は私の民、あなたの神は私の神」と言い切ります(ルツ記1:16)。

ヘブライ語原文の「あなたの神」(אֱלֹהַיִךְ)は、単なる信仰の表明を超え、全人格的な委託を表しています。

異国の地からイスラエルの地へ、ルツはナオミに寄り添い続けました。

それは血縁を超えた「敬い」の実践だったのです。

二つの戒めが交わるとき

僕がこの物語で最も美しいと思うのは、ボアズの「落ち穂の掟」とルツの「親を敬う戒め」が交差した瞬間です。

ボアズが掟を「形式的に」守っただけなら、彼はただ刈り残しをしたでしょう。

ルツが姑への義務を「最小限に」果たしただけなら、彼女はベツレヘムまで来なかったでしょう。

しかし、二人はそれぞれの戒めを「心を込めて」守りました。

ボアズは落ち穂以上のものを与え、ルツは従う以上の忠誠を示しました。

その結果、畑という聖なる出会いの場所で、二人の運命が交わったのです。

ヘブライ語が語る「拾う」と「見守る」

ルツ記2章3節の「たまたま」(וַיִּקֶר מִקְרֶהּ)という表現は、表面的には「偶然に」と訳されます。

でも、ヘブライ語の「ミクレ」(מִקְרֶה)には「出来事」「巡り合わせ」という意味もあります。

僕はこの言葉から、単なる偶然ではなく、神様の見守りの中での「導かれた出会い」を感じます。

ボアズの畑に「たまたま」行き着いたルツ。

その畑の主人が「たまたま」ボアズであった。

しかし、その背景には、ボアズが忠実に守り続けた落ち穂の掟があり、ルツが貫き通した姑への敬いがあったのです。

僕の心に残る光景

僕がこの物語を読むたびに心に浮かぶのは、夕暮れのベツレヘムの畑です。

一日の労働を終え、疲れながらも満足そうなルツ。

彼女が拾った落ち穂は、一説にはエパ(約22リットル)もの大麦だったと記されています。

これは単なる食料以上のもの——神の祝福の確かな証でした。

そしてボアズは、遠くからそっと彼女を見守りながら、このモアブの女性の内に、自分と同じく神の掟を尊ぶ心を見出していたのでしょう。

申命記の掟は、ここで単なる規則から、命と命をつなぐ生きた現実となりました。

律法の向こうに見える神の顔

僕がモーセ五書を学ぶ中で気づいたのは、神様が与えられた掟の一つひとつに、人間同士の出会いや支え合いの可能性が秘められているということです。

落ち穂を残す掟は、単に貧しい人を助けるためだけではなく、ボアズとルツのような出会いを準備するためでもあった。

親を敬う戒めは、単なる道徳律ではなく、ルツが神の民の中に入るための道を開くものだった。

掟を守ること——それは時に、思いもよらない祝福への入り口となるのです。

今も続く学びの旅

聖書の物語は、何千年も前の出来事でありながら、今を生きる僕たちにも深く語りかけてきます。

畑に落ち穂を残すこと、親を敬うこと——そんな日常的な忠実さの中に、神様の大きなご計画が隠されているかもしれない。

そんな気づきは、僕の聖書の読み方を変えました。

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神様の言葉は、今も生きて働いています。

その声に耳を傾ける旅を、これからも続けていきましょう。

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