《合作作品》@モ! ×あお『魚とトンビと僕』***「栄光」沈んでいる黄金の塊が沈んでいる魚には見えていた胸裏にミミズはどこかななどと考えているそう、拾わない空高くトンビが飛んでいる水中の輝きは見えていた黄金だなとトンビは思うだが、拾わない存在理由が見つめていた世間も見つめていたああ、黄金だなとだが、拾わないそこで、僕は潜水服に身を包み黄金のそばに寄ってみた右を見て、左を見て手を伸ばすが しまいには顔を赤くして拾えなかったそう僕も拾えなかった***「自分という審判」人はなぜ、外側の輝きに惹かれるのだろう。肩書きや称賛、光の当たる場所。あのまばゆさは、他者のまなざしという燃料をもらってはじめて灯る一瞬の炎なのかもしれない。私は…。自分の評価だけで生きている。だからこそ、老いがこわい。怪我がこわい。それらは、私の「評価軸」を脅かすから。他人のまなざしが不要なかわりに、自分という審判は、容赦がない。若き日の私に、今の私が敵わないと知るとき、心の中で静かに判決が下される。あの頃の私の眼差しが、いまも私を裁く。あの速度、あの冴え、あの無垢な光。たしかにあのとき、私は栄光を生きていた。けれど、それは“過去の栄光にすがる”というより、“過去の自分に認められたい”という祈りに近い。誰の拍手もいらない。ただ、自分が自分を讃えられるように。そのために、私は今日も、沈んだ黄金のそばで、息をしている。***「黄金像」黄金像が追ってくる暗い迷宮の中光を放ち追って来る黄金像はガシャガシャ音を立てている一歩、二歩と小うるさく出口はまだ見当たらないただ、追いつかれてはならないそれは確かだまた見つけなくてはならないそれも確かだ出口では無いと心に思うでは何を?わからない宝なら後ろから迫って来ているなぜ逃げるのか逃げ切れるのか黄金像は懐かしい光を放ち追ってくる***「老いない光」「心が老いない」というのは、まだ “べき” が燃えているということ。けれど肉体がそれに応えられなくなったとき、“創造する手段” を失う恐怖がそこに生まれる。それは「死」よりも生々しい――“生きているのに届かない” という喪失。けれど、肉体が衰えても、心が感じ、考え、創ることを続けるなら、“老いない光” がそこに宿る。「やぁー!」と黄金像と対峙してみる。「眩しいねん。服着ぃやw」#栄光の残響#対峙の時#ことばりうむの星#響き合う声たちイベント#自由合作アンサンブル