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BIGCAT
人間は「欲目」という色眼鏡で自分を見ていて
自分をよく見たいと思う心「慢」がある
●7つの慢心「七慢」
1.慢(まん)
自分よりも劣った相手を見下す心(マウント)
(相手:70点、自分:80点)
2.過慢(かまん)
自分と同じ程度の相手なのに自分の方が優れていると思う心
(相手:80点、自分:80点)
例:相手は塾行ったり家庭教師ついてるけど、私はそういうのなしで同じ点数だから、条件同じなら私が上だ。
3.慢過慢(まんかまん)
自分より優れた相手なのにそうとは認められず自分が上だと思う心
(相手:100点、自分:80点)
例:確かにお前は勉強できるが、俺の方が運動神経良いし、友達も多いから俺が上だ。などと得ての良い理由付けて上にいる気分になる。
4.我慢(がまん)
自分の間違いに気付きながら、何処どこまでも自分が正しいと自分の意見を押し通そうとする心
・例:這っても黒豆
相手が虫だと言ってて、自分は黒豆だと
言い張り、それが動き出しても黒豆が
動いていると言い張る
ちょっとした事で揉めた時も謝れない
※自分の間違いを素直に受け入れ、先に謝るのが対人関係では大切
5.増上慢(ぞうじょうまん)
悟ってもいないのに、悟ったと思うこと
6.卑慢(ひまん)
自分のお粗末さを謙遜しながらその謙遜さを鼻にかける心
・例:下手に出ながら「自分はこんなに
下手に出れるんだ、こんなに頭を下げれる
自分は偉い」と、自惚れないようにしてる
事を自惚れている
7.邪慢(じゃまん)
自惚れる価値がないとんでもない事を自慢する心
例:
・俺って昔ワルだった、等を自慢する
・刑務所内で、俺がもっと酷い犯罪した、いいや俺がもっと酷い事したと自慢し合う
・試験の点数の低さを争う
・身内自慢、お国自慢、地元に有名人いるなど、自分の事でもないのにちょっとでも自分に縁がありそうなものを自慢する
※ネタが無くなっても自慢したい心
いかに自惚れ心が強いのが人間か
それは自分もそう他人もそう
出来るだけ他人の長所を見つけ
褒めるようにしよう
そして本当になすべき事をしよう
#仏教
#仏教哲学
#仏教心理学
#スイーツ
#メモ
身につまされるお話でした[ほっとする]
写真は炭が入った黒いスイーツ
美味しかったです[ほっとする]
黒豆も入ってます[大笑い]

BIGCAT
[UFO2]嫌いな人に苦しむ人と苦しまない人
10人いたら
そのうちの
2人は良い関係を築けて
1人はどうやっても上手くいかなくて
7人は都合によりころころ変わる
腸内フローラルと同じ
2割は善玉菌
1割は悪玉菌
残りはどちらにでも変わったりする
嫌いなその1人が居なくなっても
また残りの中の一割と
上手くいかなくなるもの
仏教の苦しみ(四苦八苦)のひとつ
「怨憎会苦(おんぞうえく)」
どんな生き方をしても
恨んだり憎んだり
嫌な人と会わなければならない
避ける事のできない苦しみ
人生は難度海(なんどかい)
渡る事のできない波が次から次へとくる海
私達が住んでる世界=娑婆=堪忍土
=堪え忍ばないといけない世界
★苦しむ人😣×と苦しまない☺️人〇の違い
代表的な嫌な人3つで比較
●批判者(批判否定してくる人)
😣ムキになる間に受ける人×
☺️その言葉を受け取らない人〇
またはそこから何かを学ぶ人〇
浄土真宗を広めた蓮如上人は
悪口を言われても腹立つどころか
悪い所があったら直したいから
悪口でも良いから言ってくれ
という意味の言葉を残している
↑
批判を向上できるチャンスにしている
●敵対者(敵対関係にある人)
😣排斥しようとする人×
☺️良きライバルとして受け止め奮起する人〇
敵対者を排斥しようとしたら
のしあがれるどころか
自分が人間的にも堕ちる
●駒扱いする人
😣恨む人×
嫌だと思ってるだけの人×
☺️行動する〇
因果の道理、因縁果
物事の結果は全て
因(原因)と縁(環境や人)による結果
悪い結果が出てる時は
因か縁のどちらか又は両方を変える
駒扱いする人は悪い縁
なるべく近寄らない(縁を変える)
距離を置く事が難しい時は
ちょっとでも自分の行動を変える(因を変える)
行動の例
DV夫や妻→離婚する
ブラック企業→転職する
↑
何も行動せず
ただ恨み続けるのは良くない
自分とその人に限って
因と縁の相性が悪いという事もある
苦しむ人の考え方
他因自果
自分に起きた事を全て周りのせいにする
苦しまない人の考え方
自因自果
自分の蒔いた種によってこの結果になってるから自分で変えていこうとする
#仏教
#仏教心理学
#仏教哲学
写真は久々飲んだレモンティー🍋
おやすみなさい🌙

BIGCAT
他人鏡と自分軸について ver.2
法句教という仏教の経典にある言葉
↓
皆にて褒むる人もなく
皆にて謗(そし)る人もなし
↑
どんなに偉い人でも
全員から褒められることはない
どんなにダメな人でも
全員から謗られることはない
世界の聖人TOP4
1.釈迦
2.キリスト
3.孔子
4.ソクラテス
聖人一位のお釈迦さまでさえ
世の中の人の
三分の一は褒め称え
三分の一は知らんぷり
三分の一は避難した
太子に守屋、釈迦に提婆
という言葉がある
↓
・あの聖徳太子でさえ
物部守屋から
けちょんけちょんに言われていた
・あのお釈迦さまでさえ
提婆達多から命を狙われ
有る事無い事吹聴されていた
↓
どんな人でも謗ってくる人がいる
↑
関わらない方が良い
どうもしようがないので
この関係性をどうこうするより
良好な関係の人達を大事にする
他人鏡
気にすると他人の人生を生きることになる
(あの人がああ言ったからこうする)
↑
仏教的にも”不自由な生き方”という
自由(自らに由る)=
自分が理由、自分が根拠
不自由=
他人が理由、他人の目・意見・評価が根拠
自分軸の3つの柱とは
①自己を知る
(自分自身を良く分かっていれば他人に振り回されない)
②主体性を持つ(主体的に生きる)
自分で決めてやる、人から言われた事も自分でそれをやると決めてやる
③選択の基準を持つ
自分はどちらへ行ったら良いかという基準をきちんと持つ
↓
どうしたらいいか仏教でいうと…
↓
①自己を知る=真実の自己
法鏡(真実の私の姿や心を映してくれる鏡)を知ると、人に振り回されなくなる
法鏡=仏教
仏教を知ると自分の姿や心が映し出される
②主体的になる=因果の道理を知る
因果の道理(原因と結果の法則)
こういう種を蒔くとこういう結果になると、分かってくるとどうすべきがが分かる
③選択の基準=人生の目的、なぜ生きる
自分はこの目的を果たす為に生きるんだと知る
その目的とは「幸せになるため」
仏教は聞いて知るもの
仏教を知るとこんなことが分かってくる
↓
本当の私
仏教の根幹である因果の道理
幸せとは何なのか
心とはどんなものなのか
悪しき人に
反撃したり関わり続けると
悪い種蒔きになる
↓
謹んで遠ざかる
#仏教心理学

BIGCAT
他人鏡と自分軸について Ver.1
人間=Person の語源はペルソナ(仮面)
人間というのは仮面を被った存在であり
人によって仮面を使い分けている
↑
非常に疲れるし本当の自分が分からなくなる
仏教で自分を映す鏡は3つある
①自分鏡(自分から見た自分)
②他人鏡(他人から見た自分)
③法鏡(本当の自分)
他人の目=他人鏡🪞
=正しい私を映してくれない
↑
他人の都合でコロコロ変わるから
自分にとって都合の良い人=善人
自分にとって都合の悪い人=悪人
同じ人を見てもその人の都合によって
良い人にも悪い人にも見える
例)豊臣秀吉
・日本人から見たら良い人なイメージ
・韓国人から見たら侵略者で大悪党なイメージ
引ったくりを捕まえた警察
・引ったくりから見たら
引ったくりを邪魔した悪い人
・引ったくられた人から見たら
助けてくれたいい人
↑
後日この警察から交通違反で捕まったら
私を捕まえた嫌な人に変わったりする
一休さんの言葉
今日ほめて 明日悪く言う 人の口
泣くも笑うもウソの世の中
↑
人の考えや気持ちなんて
良くも悪くもコロコロ変わる
↑
他人鏡に全幅の信頼を寄せるのは危険⚠️
他人の目が全く気にならない生き方はできないし
他人の目を全く気にしないのもいかがなものか
しかし
他人鏡に囚われすぎて苦しむ必要は無い
人から褒められるとすごく嬉しい
↑
自分の価値が上がったかのような錯覚
人からけなされるとすごく辛い
↑
自分の価値が下がったかのような錯覚
豚は褒められても豚
ライオンは謗られてもライオン
↑
どれだけ褒められようが
どれだけけなされようが
自分の現状は何もかわらない
親鸞聖人の言葉
愛憎違順(あいぞういじゅん)
↑
順ずる人(共感したり合わせてくれる人)は愛して近付ける
違う(たがう・反対意見の人や合わせてくれない人)は憎んで遠ざける
みんなから良く思われたい人は
他人鏡に振り回される
”嫌われる勇気”に出てきたユダヤの言葉
自分の周りに10人の人がいたとすると
①2人は良好な関係が築ける
②1人は関係が上手くいかない
③他の7人はどちらでもなくその時によって変わる
↑
②に囚われず①を大切にする。
頑張るなら②ではなく
③の関係性を頑張る
#仏教心理学

BIGCAT
なぜ分かり合えないのか
孤独との上手な付き合い方
ひとりは2種類ある
①一人(物理的に一人、肉体的なひとり)
②独り(人と居ても孤独、心がひとり)
①の物理的に一人で寂しい場合の解決法
↓
布施(ふせ)=親切をする
↓
人に親切にする人には人が寄ってくる
※逆に人に親切にしない人からは人が離れていく
②の心理的に独りの場合
人が周りにいればいるほど感じる孤独
↓
「人生は秋の夕暮れ」だと
お釈迦さまは例えられている
=寂しい、孤独
独り
=本当に自分の事を理解してくれる人はいない
哲学者の三木清が残した言葉
「孤独は山になく、街にある」
=物理的に一人より
心理的に独りの方が深刻
お経の中にある言葉
「独生 独死 独去 独来
(どくしょう どくし どっこ どくらい)」
=人間は、生まれてくるのも独り(ひとり)
死ぬのも独り、という意味
人の中にいて分かって欲しいのに
分かり合えなくて寂しい
・ヤマアラシのジレンマ
寒いから身体をくっつけて温まろうとするが
近づきすぎるとトゲが刺さりケガをする
離れると寒い
ほどよい距離感が必要
人それぞれ世界が違う
業界(ごうかい)
=私たちが住んでる世界
私たちの業(行い)で作り出された世界
↑
一人ひとり違う
三業(さんごう)
・身業(身体でやる行い)
・口業(口で言う行い)
・意業(心で思う行い)
↑
私たちは全員
このそれぞれの三業で作られた
世界に住んでいる
経験、知識、才能+業(ごう、行い)
で作られた世界
↑
誰一人として同じではなく全員違う
↑
同じものを見て聞いても
一人ひとり世界が違うから
感じ方捉え方が違う
重なり合うところはひとつもないくらい
一人ひとり違う
例え家族や恋人、親友でも
他人の業界(ごうかい)を覗くことは出来ない
恋人同士
けっこう被ってると思い
↓
なんか違うと思い
↓
全然違うと別れたりする
実は元々全然違うのに
同じだと思い込んでしまい
だんだん違うと感じガッカリしたりする
どうすれば良いか?
↓
まず元々一人ひとり全く違う
分かり合えないという事を理解する
↓
その上で
分かってもらう努力や
理解する努力をする
↓
モヤモヤが解消される
孤独感が無くなる事はない
孤独を抱え生きていくもの
#仏教心理学

BIGCAT
★親切を台無しにする心とは?
親切をすると腹が立つ
↑
見返りを期待する心のせい
↑
親切を一生懸命にすればするほど
この心が大きくなる
↑
この気持ちがある人は
人に親切にしているからこそ
結論からいうと
「見返りを期待する心は」
無くすことはできない
利他=人を喜ばせる、幸せにすること
=親切
=布施(広い心で施す)
利他だけでは疲弊する
↓
自利+利他←セットになっている
「情けは人の為ならず」
↑
親切(情けをかけること)は
人の為になるだけではなく
回り回って自分の為になる
という意味
撒いた種は必ず生える
撒かぬ種は決して生えない
親切はすぐに返って来なくても
回り回っていつか必ず返って来る
↑
大阪大学での実験でも検証済
親切は時間がかかったり
形が違ったとしても
必ず返ってくる
(撒いた種によって生える時期が違う)
時間がかかって返って来たものほど
大きくなって返ってくる
種(業おこない)の種類は大きく分けて3つ
①順現業(じゅんげんごう)
…撒いてすぐ返ってくるもの
②順次業(じゅんじごう)
…撒いてしばらく経って返ってくるもの
③順後合(じゅんごごう)
…忘れかけた頃に返ってくるもの
すぐに返って来ないと
損をした気になるかもしれないけど
必ず返ってくるので
貯金していると思って
安心してどんどん親切をすると良い
ちなみに悪いことした種も必ず生える
悪いことも自分に返って来る
こちらも時間が経つほど
大きくなって返ってくるので
なるべく早くケリをつけること
(謝る、申告するなど)
同じ親切(悪い事)が
返ってくる場合もあるが
違う形で返って来ることもある
●等流因等流果(とうるにんとうるか)
撒いた種と返って来た結果が同じもの
・褒めたら褒められた
・殴ったら殴られた
・悪口言ったら自分も言われた
・プレゼントあげたらプレゼント貰った
●異熟因異熟果(いじゅくいんいじゅくか)
一見すると撒いた種と関係ない結果
・悪口言ったら病気になった
・褒めたら出世した
良い種は良い結果
悪い種は悪い結果
として必ず返ってくる
布施(親切)をした相手の事を
「福田(ふくでん)」と呼ぶ
↓
福(幸せ)を生む田んぼのようなもの
↓
一粒の種で豊作の時は2千倍返って来る
#仏教心理学

BIGCAT
●本当の自分を知る
自分を映す鏡には3つある
・ひとつは「自分鏡」
自分から見た自分
大目に見てしまって
良い風に解釈した自分が映る
・もうひとつは「他人鏡」
他人の目に映る自分
他人の都合でコロコロ変わる
・そして「法鏡」
真実の自分を映し出してくれる
自分の心の姿が映される
仏教とはお釈迦さまが2600年間に説かれた教え
36歳の時に悟りをひらき
それから死ぬまで45年間教えを説かれ続けた
ある日弟子が
「仏教を一言で言うと何ですか」
と尋ねた
↓
「仏教とは法鏡なり」
お釈迦さまはそう答えたそう
仏教を知れば知るほど
自分の姿が知らされてくる
心理学のフロイト、ユング、アドラーらは
100年ぐらい前の人達
心理学では
意識より深いところに無意識がある
と言われるが
お釈迦さまは
意識より深いところに本心がある
という事を
2600年前にすでに説かれている
意識とは元々仏教の言葉
「8つの心」の6番目が「意識」
AI研究の第一人者マービン・ミンスキーは
このような言葉を残している
↓
「人工知能の心の研究には
仏典が比類なきテキストになる」
お釈迦さま曰く
「人間は煩悩具足の凡夫」
=
人間は煩悩のかたまりという意味
雪だるまから雪をとると何も残らない
人間から煩悩をとると人間でなくなる
煩悩は人を煩わせ悩ますもの
無くすことも、減らすことも出来ない
数珠(じゅず)の数は煩悩の数と同じ108個
(小さな数珠は半分の54個や1/3の36個)
※煩悩が暴れ回るのを糸でまとめ抑えている
108の煩悩のうち特に強いもの「三毒」
●貪欲(どんよく)青鬼
…欲の心、無ければ欲しい、あればもっと欲しい
自分さえ良ければ良い
●瞋恚(しんに)赤鬼
…怒りの心、欲の心妨げられた時出る
人も自分も傷付ける
●愚痴(ぐち)黒鬼
…妬み、嫉み、恨み、人の不幸喜ぶ心
愚かで馬鹿な心
苦しい状態の事=地獄=自業苦(じごく)
↑
自分の業(心、行い)によって苦しんでいる
極楽=業苦楽(ごくらく)
↑
自分の業(心、行い)によって
苦しんでいる人を幸せにする
鬼が仏になれるのが仏教
煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)
↑
煩悩あるままで幸せになれるのが仏教
#仏教心理学

BIGCAT
縁起とは?
現在使われてる意味と本当の意味は違う
縁起とは因縁生起(いんねんしょうき)の略
=因と縁が合わさって生まれ生じる
お経の言葉に下記の言葉がある
↓
一切法は因縁生なり
=
この世の全てのもの(結果)は
因(原因)と縁が合わさって生じる
昔の和歌にある言葉
↓
引き寄せて結べば柴(しば)の庵にて
解くれば元の野原なりけり
=
柴を束ねて上部を結んだら
簡易的な家のような物(庵)が出来るけど
ほどいたら元の野原になり何もなくなる
↓
柴は「因(原因)」
結び目は「縁」
庵は「果(結果)」
↓
縁(結び目)が無いと庵(結果)は出来ない
因(柴)が無いと庵(結果)は出来ない
因と縁が無ければそもそも何も起こらない
因と縁が合わさり何かが起こる
●縁起(因縁生起)は因果の道理
●道理とは三世十方を貫くもの
三世=過去、現在、未来
十方=東西南北、北東、東南、南西、西北、
上・下。つまりあらゆる方角、場所。
↓
道理とはいつでもどこでも変わらない真理
●因果の道理は仏教の根幹
★因果の道理=原因と結果の法則
撒いた種は必ず生える🌱
撒かぬ種は絶対に生えぬ
↓
物事は全て行動による結果である
業(行い)には3つある
・身業=身体で行う事
・口業=口で言う事
・意業=心で思う事
(心が一番種を蒔いている)
↑
これら全てが身の上に起こる種になる
業力(ごうりき)
↑
・結果になるまでは目に見えない力として残る
・不滅の力
・人が見ている見ていないに関係なく
自分自身が行ったり言ったり
思ったりした事を忘れていたとしても
結果として出るまで残る
●良い因(種まき)をするためには
↓
・幸せな運命が欲しければ
良い行いをする
・不幸になりたくなければ
悪い行いをしない
●良い縁(影響、環境)にするためには
・良い縁を求め
悪い縁には近づかない事が大切
・悪い縁からは慎みて遠ざかる
近付いてはいけない
・悪い縁の見分け方は「悪を好む人」
・良い縁は良い行いをする人、善知識の人
#仏教心理学
#縁起物
#仏教
#心理学
表面上良い人でも
悪を好む人と一緒にいると
自分も影響されていくし
結果的に良くない結果になった
という事があったなぁ…
と思ったりしました[ほっとする]💦

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