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中大兄ショータ
僕の生まれ年の1991年にソ連が崩壊したこともあって、とても印象深い政治家だったので投稿してみた。
世界を二分した大国がなぜ崩壊したのか。ロシアの人の多くはこう答えるらしい。
「ペレストロイカを行ったから。売国奴」と。
西側の資本主義陣営の人々は彼のことを評する。
「冷戦を終結させた英雄だが、ソ連の指導者になった時期が悪かった。ペレストロイカしか道はなかった」と。
総合して考えると僕はゴルバチョフは「挑戦的な失敗者」だったと思う。
ゴルバチョフの政治について。
ゴルバチョフは1985年にソ連の最高指導者に就任した。政策の三本柱を作った。
「グラスノスチ」は、チェルノブイリ原発事故の情報が共産党指導部に伝達されず、東欧に放射性物質が広がったのを重く見て、それ以後は本格的に情報の開示が始まることになった。
有名な「ペレストロイカ」は、1987年に政策の中心に添えたもので、市場経済の導入など、広い範囲を資本主義的な機構に変えることを目的としたもの。
「新思考外交」は、西側と協調しようという融和的外交政策。
これら3つ全てに、冷戦終結とソ連崩壊の二大事件の繋がりがある。
ソ連という、社会主義のボスが、秘密主義、計画経済、一党独裁、強硬外交という慣例を、自ら破り、ソ連に自由主義、市場経済、普通選挙、協調外交という可能性を与えた一方、敵である資本主義陣営にならえをしているような改革になった。
ゴルバチョフは気付いていたと思う。今のやり方だと国が保てないと。
この時、ソ連とアメリカは莫大な赤字を抱えて、互いを牽制するための軍事費を減らしたいと思っていた。
それゆえ、ゴルバチョフの西側寄りの政策は西側諸国の支持を得た。
国民所得と拡大を狙って、市場経済を導入したけど計画経済とは相性が悪いし混乱が起きる。賭けだった。
結果は悲惨だった。ペレストロイカへの不満が全国民に広がった。
新思考外交は光と影を作った。冷戦は終結。ただし、ソ連国民は自慢だった軍事力が低下し愛国心が傷つき、大規模な混乱が起きた。
でも考えて欲しい。彼以前に政治は落ちていたのではないかと。経済はイエス、軍事はノー。
強い軍事が経済に莫大な負担をかけていた。
最後にプーチンの言葉で〆る。
「ソ連を懐かしむのは心がある。戻りたいと思うのはバカである」
#ソ連
#ゴルバチョフ
コメント
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くら

翠

こ。

あゆ@キ

ゼロロ

狼

薄葡萄(

ならー
さすがに萎えてきたよ

うぱぱ
超覚醒も要らないし技3×2と技5で行けます!
入手難易度?アルコスマスター複数編成に頼ってる他のタワーよりは低いよ!

ゆきみ
ピーチかANAかな。福岡から。
広島飛ばしってアリーナの話だけじゃなくて
たぶん空港も問題なんじゃないの?知らんけど。
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もりちゃん
私、高校世界史経済挫折組で一般的な知識が全然なくて、ちょこちょこ知らない単語があるから難しいなと思ったんだけど… え、めっちゃ興味そそられた! しかもゴルバチョフのこと私好きかもしれん
ポエ太郎💪😇
こんな人がどうやってトップになったんや… 不死身かヤクザ全員友達じゃないと不可能じゃない?
暗がり
おもしろい。めちゃくちゃ勉強になります。