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山本元柳斎重國
まあ人生尽くして裏切られることばっかりだけどね。
もう誰も信じられないよね。
つまりいつでも裏切られてもいい覚悟で接してる。
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美化されてしまうのだろう。
そうなるから、人の言葉はそのまま理解する
ようにしているけれど、それでもどこか
深い意味があったと脳が錯覚させるのだ。
何度振り返ろうと彼らは何も変わっていない。
ただそこに、過去として存在するだけだ。
私が変わっているだけなのに、記憶の中で
少しずつ歪んだフィルターが形成されていく。
それは自然なことなのかもしれない。
けれどそれが、こんなにも悲しい。
見えていない人々の先を勝手に想像する
など、愚者のすることだ。
今関わっている人のことしか、人は知り得ない
のだから。こんなものは都合の良い嘘にしか
なり得ない。
どれだけ無機質になろうとも、記録の方が
よほどあの人たちを正確に覚えてる。
だから私は記録する。私の人生本をもしも
作るのならば、きっとそれは滑稽話など
ない事実確認にしかならないだろうな。
さみしくて、かなしくて、そうして私は
記録の彼らを探すのだ。
基本的には、そういう存在というのは家族や
恋人のようなものだろうに、なぜだか私は
もう関わりもしない「他人」を同じように
抱えてしまうのだな。いっそ価値観や
人生を知った人物達だ。今過ごす人々よりも
明確に、はっきりとした記録としての人物を
覚えているからというのも、理由なのかも
しれない。
でも、寂しいなんて。勝手に自分の中で大切な
扱いをしてしまうから、もう会えない寂しさを
感じてしまうのだと知っているのに。
まるで肉親を失うみたいにいつもぽっかりと
穴を開けるのは、記憶の比重を本来自分の
習慣や経験を保存するはずなのに、先に人の
姿形を維持することを目的にするから。
苦しむと知っていて、実際きちんと傷ついて、
それでも忘れるつもりはない。馬鹿だなあ。
記録はいつだって正確だ。
私の誤解を取り除き、ありし日のあなた達を
映し出す。許されようとはしてないよ。
これは私の我儘で、私がさらに惨めな人生を
送っている理由でもあるからね。
ちゃんと自分は出来損ないだと心底理解してる
救われない理由なんか、とっくに知ってた。
現実にいる人たちのためになど、生きては
いないというのに、幻想となった過去の人達
のためになら、何の疑問もなく生きることが
できた。
「私は浅ましい、きっと後悔する」と
自戒していても、どうしても治らない癖だ。
きっと能力のない私が、いつも見捨ててもらう
しかない私が心の拠り所とするための哀れな
生存戦略なのだろう。1人でも、いつか崩れる
日が来たとしても、勝手に立ち直れるように。
私は離れる事実だけは、常日頃から覚悟して
いると思う。だから今こうして生きているのも
離れたはずの人々が記憶として私を生かして
いるからにすぎない。
見捨ててもらうことは、この出来損ないにより
相手の人生を棒に振らせないためのものだ。
今少しだけ、力を借りているだけ。
小さく小さく、相手から何かを奪っていく。
弱いままでいることを選択した私は、そうした
記録の寄生虫として、今も生きている。
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しゅう
「あたかも知っている」様に話して
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