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象山ノート
#国連憲章 #マナー #ルール #主権国家憲法
象山ノート#
1. 国連って「世界政府」じゃないの?
日本人の多くが、「国連=世界政府」だと思っている節がある。でも、それは完全に誤解だ。
国連は国家の上に立つ「裁判官」や「警察官」ではない。
むしろ、**各国が話し合う“国際サロン”や“紳士協定の場”**に近い。
そして国連のルールブックが、**「国連憲章」**だ。
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2. 国連憲章とはなにか?一言で言えば「世界マナー帳」
国連憲章は、第二次世界大戦後の反省から、「もう戦争はやめよう」「人権は守ろう」という理想の共有文書として作られた。
けれど、法的拘束力は弱く、守らなくても罰はない。
たとえば、北朝鮮がミサイルを撃っても、
ロシアがウクライナに侵攻しても、
国連は「やめて」と言えるだけで、それを止める力はない。
つまり、国連憲章とは:
✅ 守れば“いい人”、破っても“罰はない”
✅ 言うなれば、“マナー帳”や“道徳教科書”に近い存在
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3. じゃあ憲法や法律は何が違う?
憲法や法律は、国が国民に対して強制力を持つ、罰則つきの“現実のルール”。
例えるなら:
区分
例
破ったら?
国連憲章
「戦争はダメだよね」
注意されるだけ
日本国憲法
「戦争放棄」
自衛隊の運用に制限が発生
刑法・民法
「万引きは犯罪」
捕まる・罰金・懲役
つまり、国連憲章は「倫理・マナー」であり、憲法は「権力の運用ルール」。
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4. 「マッカーサー憲法」は国連マナー憲章と同じ理想主義
現行憲法(日本国憲法)は、実質的にGHQ(アメリカ)主導で作られた「マッカーサー草案」に近い。
そこには、国連憲章的な理想主義が色濃く反映されている。
🔹 「戦争は永久に放棄する」=理想
🔹 「戦力は持たない」=理想
🔹 「すべての人が自由と平等」=理想
でも現実はどうか?
• 自衛隊を「戦力ではない」と無理やり言い張る
• 拉致されても、侵略されても、何もできない憲法
• 現場の安全保障や国益が、“理想”によって縛られている
つまり、**「マナー帳を憲法にしちゃった」**のが日本の今の姿だ。
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5. 「マナー帳」と「法律帳」を取り違えた国の末路
日本の現状は、こうだ:
• 他国は「主権国家として現実の力(軍事・外交)を行使」
• 日本は「国連マナーに従って、理想に縛られる」
結果として、
🔻 拉致被害者は取り戻せない
🔻 尖閣に中国が来ても、反撃できない
🔻 国連に頼っても、何も解決しない
なのに、「国連に訴える」ことが正義だと思ってる。
それは、「マナー係に暴力団の仲裁を頼む」くらい無力な行為。
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6. 結論:世界は“現実”で動いている、日本だけが“理想”を信じて縛られている
国連憲章は立派な理念だ。でも、それを国家運営の基盤にするには、主権と現実主義が必要だ。
• 国連はマナー帳
• 憲法は法律帳(国家のルール)
• 理想と現実を履き違えると、国家は動けなくなる
今の憲法が「国連マナー帳」と化していることに、もっと多くの国民が気づくべきだ。
そして「現実と向き合う国家」をどう作るか、真剣に考え直す時期に来ている。
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🧭 未来のために、マナーと法律を分けて考えよう
✅ ルール=罰則があるからこそ守られる
✅ マナー=守れば評価されるが、強制力はない
✅ 国連憲章=“正しさ”ではなく“綺麗事”に近い
だからこそ、「国連が言ってるから正しい」とは限らない。
「主権国家が何を守るべきか」は、国民自身が現実を見て判断すべきなのだ。
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