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Kosiro Onc

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道徳における文化相対主義の限界

-そもそも文化によって同等は正当化できるのか?文化は道徳の根拠となるのか?

□有害な文化も道徳として認めるべきか?
□たいていの文化は女性蔑視・男女差別の習慣をもつ。

→都合の良い習慣だけでなく、都合の悪い習慣も道徳として引き受けなければならなくなる。


-相対主義は文化決定論を前提とする。

ある文化圏に生きるすべての人々が、その文化の道徳をすべて受け入れているわけではない。(←→文化決定論)

前近代社会もしくは国民国家(ネーション)的幻想においてしか、文化決定論は成立しない。

文化相対主義は《外部》からの批判だけでなく、《内部》からの批判も抑圧してしまう危うさがある。


本当に文化相対主義を否定してしまって良いのか??

□文化人類学
 ・文化を外部から観察する人に対する規範…自文化を尺度にして異文化を理解してはならない。
 ・異文化の慣習や制度はその文化の価値体系から理解すべきである。

□道徳
 ・それぞれの文化の道徳(規範)を尊重すべきである。
 ・文化の内部の人に対する規範でもある…はそれぞれの文化に暮らす人々は、その文化の道徳(規範)に従うべきである。

多くの文化はそれぞれの文化を尊重しろという規範を持っていない。
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