朝ごはんは｜三浦トの投稿-GRAVITY(グラビティ) SNS

「小さな灯り」

僕はひとりで台所に立っている。
白い蛍光灯の光が包丁の刃を鈍く反射している。トマトの赤、ニンニクの白、オリーブオイルの黄金色が、まるで静かなステージの上で役を待つ俳優たちのように並んでいる。

それは、特別な夜でもなんでもなかった。ただ、自分のためだけに何かを作りたくなった。それが全ての始まりだ。

外は冬の夜らしく、冷たい風が窓を薄く震わせている。都会の明かりは遠くぼんやりと輝き、車の音だけが時折耳に入る。どこか他の場所では、誰かが幸せそうに笑い合っているのだろう。そんな風景が頭をよぎるたび、僕は少しだけ寂しさを感じる。それでも、僕の台所の中には、僕だけの小さな世界がある。

トマトを切り、フライパンを温め、オリーブオイルを垂らす。じゅう、と音が立ち、キッチンの中にほんのり甘い香りが広がる。僕はその香りを吸い込みながら、少し微笑んでしまう。この瞬間、誰かに見せるためでも、評価されるためでもない。ただ自分のためだけの瞬間だ。

昔の僕なら、こんなことをしても何の意味もないと考えていただろう。誰かに褒められるわけでも、何か特別な成果があるわけでもない。けれど、今の僕は知っている。こういう些細な時間こそが、自分の人生を支える柱になるのだと。

ふと思い出す。昔、何度も他人の生活を羨んでいたことを。誰かの成功、誰かの華やかな笑顔。それらを見て、どうして自分はああなれないのだろうと、自分を責めたことを。

でも気づいたのだ。他人の光を追いかけても、僕の人生は照らされないのだと。僕には僕の光がある。それが小さな灯りだとしても、それを見つけることが、僕にとっての本当の幸せなのだと。

料理が出来上がる頃には、キッチンは少しだけ温まっている。皿に盛りつけたパスタは、あまりにも普通で、どこにでもあるようなものに見える。でも、僕にとっては特別だ。僕が僕のために作ったものだから。

フォークで一口すくい、静かに食べる。その味は、驚くほど普通で、驚くほど美味しかった。

窓の外を見ると、どこか遠くで灯る光が見える。その光をぼんやり眺めながら、僕は自分の胸の中に、小さな灯りがともっているのを感じる。それは、他の誰のものでもない、僕自身のための灯りだ。
それでいい、と僕は思う。
僕の人生は、僕のものだ。他人の目を気にせず、自分のために生きていく。

#短編小説