自分という個と社会という他との境界線は大変曖昧なものだし、幼少期の頃にどんな社会に属していたかによってはその性が他を攻撃して辱めるような無礼者に育ってしまうことは前々から話題にしている私の中で、とうとう“左様でございますか”と穏やかに捨て置くことができるくらい心が広くなった。