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模々

模々

僕らは若くて元気で笑っていられるからこそ死をコンテンツ化している側面があって、そこに自覚的でないからこそそれができているのだとすれば、死を自分にちゃんと近づけてやらないといけないんじゃないか?と思う
実際に縄を自分の首にかけたことがある人とかけたことがない人の言葉は違うし、生への信頼感があるからこそ死という概念が生の余興、逃げる先として機能してるんだ、と感じていた
でも、今日、先々週くらいに同級生がトラックに轢かれて死んだ僕の家庭教師先の生徒が「先生って友達死んだことあるー?」とかあまりにも軽く聞いてくるものだから、内心焦ってしまって「な、ないよー」とは答えたものの少し声が震えた、が、彼は事も無げにそこにあった小学校の卒アルを取り出してページをめくり、「あ、こいつ!」と指差して教えてくれた
写真の彼はサッカー日本代表のユニホームを着て、こっちを見てくちゃりと笑っていた
三笘のユニだよ、と僕の生徒は言った、僕はふーん、と言った、次第に生徒は他の子を指差して、あ、こいつはブスwこいつはデブwとか言って遊びだし、僕は女子にブスとか言うなよーとか言った
言いながら、実はこうやって死をカジュアルにコンテンツ化して消化してる方がまだ健全で、ちょっとマジになっちゃってる自分の方がヤバいのかもしれない、と思った
この文章を打ちながらも僕はずっと貧乏ゆすりをしている
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コメント

模々

模々 投稿者

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君は違うの?ほんとに? でも違ったならごめんなさい

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ぴーすけ
ぴーすけ
この投稿に同意するのは、グラビティ内であれば過半数行く事もあると思います。 現実世界だとしたら確実に少数派でしょうね。
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ぴーすけ

ぴーすけ

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僕らではなく、僕では?

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僕らは若くて元気で笑っていられるからこそ死をコンテンツ化している側面があって、そこに自覚的でないからこそそれができているのだとすれば、死を自分にちゃんと近づけてやらないといけないんじゃないか?と思う