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紅緒べにを🦚

紅緒べにを🦚

#1000字小説チャレンジ
#GRAVITY読書部 #本好き

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 人の思考回路とは不思議なもので、求めている存在が傍にあるときに限って、考えていることは兎に角どうでも良いことばかりだったりする。

「いらっしゃい」

 今日の夕飯の献立だったり、作成中のレポートの期日だったり、気に入って観ていたドラマの最終回だったりが浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し、その傍にある存在については深く考えない。

「珈琲でも飲む?あ、紅茶派だっけ」

 潜在意識がそうさせるのか、意図的にそうなった照れ隠しなのか、そんなことはどうでも良いけれど、私にとって、この男がそういう存在だったことは確かだった。

「シャワー、先に浴びて良いかな」

 彼が就職して、遠くに行くことが決まったのが一年半前。それをきっかけに、私たちの関係に必要だったなにかは、ぽつぽつとどこかに去っていった。

「煙草はベランダで吸って?」

 実際には、変化なんてのは付き合い始めたときから、少しずつ、少しずつ重なり合って生じていたはずで。あまりにも近くに居過ぎた私たちが気付けなかっただけで。

「声、出さないで。この部屋、壁が薄いから」

 その些細な変化に気付いてさえいれば、もっと巧く繕えたのかもしれないけれど。
 無垢な男と幼い女でしかなかった彼と私は、子どもが玩具を取り合うように、それはもう目も当てられないくらいに激しく、醜く、お互いを責めては求め合うことしか出来なくなっていた。

「ねえ。もう一回」

 そして、遠く離れた関係になって半年。あんなに執着した玩具にも、お互いいつの間にか飽きていた。

「どうして俺を呼んだの?」

 私は、この男の質問に対してこう答えるしか無かった。

「ひとりに、なりたかったんだと思う」

 人の思考回路とは不思議なもので、近くにあったときにはあんなにも思考から遠ざかっていた存在に限って、遠く離れた途端に脳裏に付き纏って離れなくなる。

「は?」

 潜在意識がそうさせるのか、意図的にそうなった後悔なのか、そんなことはどうでも良いけれど、私は一人なのにその存在にひしひしと責めたてられてうざったい。

「もう、連絡すること無いと思うから」

 ソファーに、ベッドに、ベランダに、玄関に。

「私、引っ越すの」

 君に、あなたに。


『バイバイ』  紅緒
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紅緒べにを🦚

紅緒べにを🦚 投稿者

2 GRAVITY

字数ギリギリだったので、ここに軽くあとがき。 地の文と台詞をいかに噛み合わせずに、噛み合わせられるかを試したくて書いたものです(?) 半分体験談だったりなかったり(?) そんなショートショートです。

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