共感で繋がるSNS
GRAVITY(グラビティ) SNS

投稿

紅緒べにを🦚

紅緒べにを🦚

#1000字小説チャレンジ
#GRAVITY読書部  #本好き
小説レビューと並行して、オリジナルを書くリハビリにやってみようかなと。まずは、10年程昔の過去作品を載せておきます。


――――

「“ハッピバースデートゥーユー ハッピバースデーディア……”ねえ、誰にする?」
 文香(あやか)は僕を振り返る。繋いだ僕の左手はいつでも前に引かれていた。見慣れた並木道、同い年の彼女は僕に背を向け、スキップする。散り始めた花びらが揺れる彼女のプリーツスカートに乗り、そして、前に引かれて躓く僕のローファーに踏まれ、黄ばんだ。彼女の膝はこの花よりもずっと白かった。
 文香はホテルの帰り、必ず歌い、必ずこの質問をする。この遊歩道で。行為のあとの気だるさを振り払うにはスキップに合わせて歌うのが一番良いのだと、いつか聞いた気がする。それがいつから“ハッピーバースデー”の歌になったのかも、いつからこの質問が添えられる様になったのかも、僕は覚えていない。ただ、僕はずっと答えられないでいた。文香は答えを求めていない気がしていた。気味が悪いほどに真っ白なシーツの上、彼女の膝が薄桃色に染まっていたのを思い出す。
 振り返った文香は斜陽に目を細め、薄い唇を動かした。その小さな音は数歩後ろを歩く僕には聞き取れず、白い花びらと共にゆらゆらと落ちた。躓いたまま体勢を立て直せなかった僕足を踏み出せず、左手の力を抜いた。転ぶのは、怖かった。
 するりと抜け出た彼女のスキップはどこまでも軽やかで、あのプリーツスカートがひと月もすれば揺れなくなることにふと気づいて、左手を握り締めた。
 もうすぐ履き納めのローファーは、やはり僕には少し重くて、引き摺ってしまう。

 大人になるには十分な時間とともに、文香の顔も、声も、記憶の中でとうに薄れてしまった。彼女の膝の白さだけは今も厭に鮮やかで、花びらが散るたび、彼女と共に転べなかった子どもの僕をぬるく責め続ける。

 この花びらが木蓮だと知るのは、僕らがずっとずっと大人になってからのことだった。

『白い寂寞』 紅緒
GRAVITY1
GRAVITY8

コメント

紅緒べにを🦚

紅緒べにを🦚 投稿者

1 GRAVITY

【脱字しました🙇】 誤:僕足を → 正:僕は足を

返信
話題の投稿をみつける
関連検索ワード

#1000字小説チャレンジ