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鎖骨

Marco
映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』から、いまを思う・・・
長文なので、失礼する‼︎
映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズの出発点は1985年。
あれから40年が経った。
そして作中で描かれた未来、2015年からもすでに10年が過ぎている。
あの映画の中で「未来」として描かれていたもののいくつかは、いまや現実になった。
・アフリカ系アメリカ人の大統領。
・ヘッドマウントディスプレイ。
・スマートフォンを見ながら食事をする人々。
・空を飛ぶドローン。
スクリーンの中で少し誇張気味に描かれていた光景が、いまでは何の違和感もなく街の中に溶け込んでいる。
一方で、忘れられない場面がある。
ドクが「壊れた電子部品が日本製だ」と驚くシーンだ。
1985年当時、日本製の電子部品は高品質の代名詞だった。
世界の最先端にいる、という自負がどこかにあった時代でもある。
それがいまでは、中国製やマレーシア製の部品が広く流通している。
技術の中心は、静かに、しかし確実に移り変わった。
あのワンシーンは、時代の重心が動くことを、思いがけず鮮やかに思い出させてくれる。
もし1985年の自分が、いまの私を見たらどう思うだろう。
ノートパソコンを開き、スマートフォンで動画を観て、音楽を聴き、世界中とつながっている姿に、きっと目を見張るに違いない。
イヤホンにコードがないことだけでも、未来そのものに見えるはずだ。
「パソコン通信」と呼ばれていたものは「インターネット」になり、通信速度もデータ量も桁違いになった。
待つことが当たり前だった時代から、瞬時につながる時代へ。
あの頃の自分には、想像もつかなかった世界だ。
1985年、私はパソコンを持っていなかった。
電気店の展示機にBASICを打ち込み、プログラムが動くのを楽しんでいた。
8ビット機が主流で、Apple II、FM-7、MZシリーズが並び、記録媒体はカセットテープ。
通信は音響カプラに電話の受話器を押し当て、マジックテープで固定して行う。
通信速度は遅く、送れるデータもわずかだった。
それでも、あのとき確かに「未来」は始まっていた。
そして今・・・
結婚し、家族を持ち、自分の家に住んでいる。
当時の自分が思い描いていた未来像とは、きっと少し違う。
けれど、確実に続いている未来だ。
映画が描いた未来と、自分が歩んできた時間。
どちらも過去になりつつある。
デロリアンは空を飛ばなかった。
ホバーボードも日常にはならなかった。
それでも、私たちは十分すぎるほど未来に来ている。
あの映画を見返すたびに思う。
未来は突然やってくるのではなく、気づかないうちに、静かに積み重なっていくのだと。


きらちゃん寝る

青

あめ

らーさん

菊菜
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なはの

りゅう
木浪や近本、中野のようにミートしていけばいいのに、マンブリしていては打てない。
打ち損じで微妙なところに転がったけど佐藤が堅実に処理したアウト。
打撃を変えないといつまで経ってもこのまま。 #giants

うどう

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せいろ
成程己は徹頭徹尾虎党では無かったのだなと強烈に自認しているこの頃

おちゃ
信じて信じてまた会えるその日を
っていうリーダーが歌う歌詞にグッときてめちゃくちゃ好きになった

千葉の
あとビュフォードは少し肉ついた?
この時期だからかもしれんけど、キレが無いような。

Y Y(ゆき
キットカット買わんといけんかったのに買うの忘れたけん買いに行かんばいけん
かな?
……長崎と広島と混ざってたらごめん。どっちが入ってるか自分ではよくわからん。

ミント
#TheWhiteLounge

はまち
センス悪くても自分が心から好きと思える表現ができないなら、それって何が楽しいの
そもそも自分の好きな表現がセンス悪いって普通にショック
飛ぶ美しい小鳥、落とされる
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