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〆さば
・痛の中に悟りは
生まれない
苦痛についての解像度が上がる
・苦の中に悟りは
生まれない
苦の深い理解はそのまま生命の崖一直線
・苦行の果てに光を得た
幻覚、おれも得たが独断大きな意味を持たないものでした
総じてひらめきは極限状態からの跳躍
深い思考は安定した「考えるしか無い場」で深まっていくのではと思います。
NO MORE KUGYO!!
コメント
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Cana
回答数 125>>
仕方ないよなぁ....
ってわかってても悲しいー😅
キレることはないかな〜
でも拗ねてるかも笑

てち

はちみつ。


れき
「私は忘れる––またもう一度。苦しみ、笑い、指を。忘却における、恍惚における、自分自身への無関心、この本への無関心における無限の超克。そして私は見る。推論がけっしてたどり着けないものを。私は開かれる。大きく口を開けた裂け目になって、不可解な空へと開かれる。そして、私のなかですべてが極度の不協和へと飛び込み、そこでひとつになる。その不協和は、あらゆる可能事の解消、荒々しい接吻、拉致である。そして、可能事の全面的な不在へ向かう喪失、暗黒の死んだような夜への喪失である。しかしそれは、心の奥底のように不可知で、目を眩ませる光でもあるのだ。」(同書,134)
「主体は––自分自身に倦み疲れ、必然的に極限へと向かい––恍惚を探し求める、それは本当だ。けっして主体は、自分の恍惚に向かう意志を抱くことはできない。恍惚を探し求める主体と恍惚そのものの間には、どうにもならない不一致があるのだ。しかし主体は恍惚を知っていて、予感している。とはいえ、自分自身に由来する意志的な方向性としてではなく、外部から訪れる効果の感覚としてである。私は、自分が陥った膠着状態への嫌悪感に追い立てられて、本能的に恍惚を迎えに行くことはできる。そのとき恍惚は、不均衡から生じる。必要な準備が私にはあり得ないため、私は外的な方法によってのほうが恍惚に到着できる。かつて私が恍惚を経験した場所、肉体的な感覚の魅惑的な記憶、厳密に記憶していた平凡な雰囲気は、描写できる精神の動きを意図的に繰り返すことよりも、より大きな喚起力をもっている。」(同書,135-136)

~名前考え中~

みかん
とりあえず寝るタイミングをずらしたり、最低限の会話しかしない。
前は、むしろ振り向いて欲しいと思ってわざとやってたけど、今回は「私が愛情を注いでいいのは彼じゃない」「今の彼には私を愛せない」って分かるので我慢とかなくできてる。
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ぺけて

けんけ
リピートがさらに楽しみになったー☺️
#haruyotalk

あや⚡

らくろ

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みどり

ミント

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宇宙人
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正宗(ろー)
コメントと投稿があって安心しました。 苦中における零次観測の共有ありがとうございます。 お大事になさってください。