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れき

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「もっとも奇妙なのは、非–知が承認をすることだ。まるで外側から、「とうとうお前はやって来たな」とわれわれが言われたかのようだ。道としての非–知は、無意味のなかでもこのうえなく空虚である。」(内的体験,117)

「私は忘れる––またもう一度。苦しみ、笑い、指を。忘却における、恍惚における、自分自身への無関心、この本への無関心における無限の超克。そして私は見る。推論がけっしてたどり着けないものを。私は開かれる。大きく口を開けた裂け目になって、不可解な空へと開かれる。そして、私のなかですべてが極度の不協和へと飛び込み、そこでひとつになる。その不協和は、あらゆる可能事の解消、荒々しい接吻、拉致である。そして、可能事の全面的な不在へ向かう喪失、暗黒の死んだような夜への喪失である。しかしそれは、心の奥底のように不可知で、目を眩ませる光でもあるのだ。」(同書,134)

「主体は––自分自身に倦み疲れ、必然的に極限へと向かい––恍惚を探し求める、それは本当だ。けっして主体は、自分の恍惚に向かう意志を抱くことはできない。恍惚を探し求める主体と恍惚そのものの間には、どうにもならない不一致があるのだ。しかし主体は恍惚を知っていて、予感している。とはいえ、自分自身に由来する意志的な方向性としてではなく、外部から訪れる効果の感覚としてである。私は、自分が陥った膠着状態への嫌悪感に追い立てられて、本能的に恍惚を迎えに行くことはできる。そのとき恍惚は、不均衡から生じる。必要な準備が私にはあり得ないため、私は外的な方法によってのほうが恍惚に到着できる。かつて私が恍惚を経験した場所、肉体的な感覚の魅惑的な記憶、厳密に記憶していた平凡な雰囲気は、描写できる精神の動きを意図的に繰り返すことよりも、より大きな喚起力をもっている。」(同書,135-136)
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民間人F

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会社の人に「太った?」と言われて普通に辛すぎて滅
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せめて友達になってくれたらいいのに
酔ってるとはいえ私といてつまらなくはないでしょ
というかまぁ若い子ってだけで充分なんだろ
可愛い
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みみみ

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地元の先輩夫婦が来てるからみんなで飲みに行ったんだけど、うちの旦那は今日も仕事だし一足先に帰った。
私は3時半頃帰宅して、私だけにんにくたっぷりのラーメン食べちゃったし自分の部屋で寝る事に。
お弁当は作れないからコンビニでおにぎり買ってきて書き置きと共に置いといた。
そして朝、ゴミの日だからまとめてはおいたけど袋縛るの忘れてて、恐らく旦那は遅刻ギリギリに出てくだろうから縛る時間もなくて放置してく可能性もあるなと思ったけど私も眠すぎて起きれなかったから諦めた。
数時間後に起きたらなんと、ゴミもちゃんと捨ててあったし「Dちゃんのご飯あげときました!いってきまーす」ってLINEが入ってた。
いやーーーめっっっずらし!!!
ゴミはともかく、Dちゃんのお世話までするなんてヤリでも振るんじゃないか?
旦那的に、私は休みだろうが寝不足だろうがいつも朝起きてDちゃんのお世話してるし私が地元の友達とこっちでそんな時間まで飲む機会なんてめったにないからゆっくり寝れるようにやっていってくれたんだと思う。
おかげで心置きなく昼まで二度寝したよね🥹
いつもこうならいいんだけどなー。
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洛南ちゃんは社不っ‼

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女性同士、女同士ではなそーとか言うてるやつ大体男
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彼女欲しいとか思ってたけど自分のことで手一杯だなぁとにかく疲れた!笑
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うめぼし

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好きな人に、チョコ好きですか?って聞いたら、好きに決まってるって言われた。

もちろん我が子もだいぶ本命だけど、今年は本命チョコを渡すお相手男性がいる、なんだかとても新鮮!
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2026年1月20日 13:37
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「もっとも奇妙なのは、非–知が承認をすることだ。まるで外側から、「とうとうお前はやって来たな」とわれわれが言われたかのようだ。道としての非–知は、無意味のなかでもこのうえなく空虚である。」(内的体験,117)