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さ丸
「改革」「成長」「民営化」
それらの言葉は希望のように響きながら
実際には“公”を“私”に流す取引の合図だった
静まり返ったこの国の沈黙の下で
誰が利益を得て 誰が声を失ってきたのか
⸻
長く続く政権には共通点がある
それは「公」を「私」に流す仕組みをつくること
公を開き 市場に委ね 資本と利害を共有した者だけが
長期の安定を得てきた
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戦後日本の流れを見ると 一つの法則が浮かぶ
中曽根康弘 ― 国鉄 電電 専売の民営化 五年の長期政権
小泉純一郎 ― 郵政民営化 五年超の長期政権
安倍晋三 ― 金融政策で実質的に国家を私物化 戦後最長政権
公を民営化し 私が扱える仕組みにした政権ほど長続きする
それが戦後日本の隠れたルールだった
⸻
この傾向は世界でも同じだ
アメリカではレーガンの規制緩和とクリントンの金融自由化
イギリスではサッチャーの民営化とブレアの市場原理導入
フランスではミッテランが国有化から民営化へ転換し シラクは公共改革を推進
ドイツではコールが東独資産を民営化し メルケルは市場と公の調和を保った
ロシアではエリツィンが資産民営化 プーチンは再国有化で安定を回復
中国では鄧小平が改革開放を行い 以降の政権は安定を維持
韓国では朴正煕が財閥に公を委ね 十六年の支配
中南米ではピノチェト メネムが市場開放で長期政権を築いた
どの国でも 公を市場に流した政権は長期化する
⸻
なぜ長期化するのか
国際金融や巨大資本が 公を商品化できると利益を得る
多国籍企業は参入しやすくなり
政府与党は資金とメディアの支援を受ける
富裕層は株や資産で恩恵を受ける
公が市場に渡ると 資本は太る
その代わりに 庶民は痩せる
水道料金 教育費 医療費
あらゆる公共サービスが値上がり
生活のコストが増すのに
政治は「成長」と「改革」という言葉で正当化される
⸻
日本とアメリカの関係も この法則の延長線上にある
アメリカに気に入られた政権は長続きし
逆らえば短命に終わる
公を私物化する改革は
アメリカの金融資本の利益と完全に一致する
だからこそ長期政権になりやすい
共和党政権と仲良く見える時 日本では大きな社会変化が起きる
プラザ合意 郵政民営化 安保再調整
いずれも「改革」の名を借りた構造転換だった
⸻
結論
公を私に流すことは 資本と支配層にとって利益であり
その見返りとして 政権は延命する
逆に 公を守る 庶民を守る政治家は短命で終わりやすい
なぜなら その姿勢は 利益構造の敵になるから
政治家になるとは どちらを取るかを選ぶこと
公を売るか 公を守るか
どちらに立っても 覚悟が要る
⸻
あとがき ― 左脳視点から
長期政権は制度の合理性を磨きながら
感情と倫理を削ぎ落としていく
「安定」と「効率」の名のもとに
公は少しずつ 血の通わない数値に変わる
だが右脳で感じればわかる
“公”とは制度ではなく つながりそのものだ
それを売るたびに 社会は無音になっていく
政権の長さは 人々の共鳴の深さではなく
支配構造の硬さの指標である
螺旋が止まるとき 文明は呼吸を失う
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Ali
■ 基本ルール(最優先)
1. 時間を使いすぎない
2. 欲しいアイコン&フレームは、無課金で手に入れた星粒のみで入手する
3. 疲れるまでやらない
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■ やらないこと(消耗・課金防止)
1. 箱開け
2. ルームのタスク
3. ガチャを中途半端な回数で回す
4. 永久目的の星粒ガチャ
👉 自分の欲しいものがある場合のみOK
※ 基本、ガチャは
• 永久が出ても自分の欲しいものじゃないことが多い
• その後の取引が大変
• 結果的に 回すより買った方が安い
ので、基本は回さない。
5. 夜10時以降はガチャ&ゲームをしない
👉 つい課金しそうになるため
⸻
■ やること(最低限+安定)
1. デイリータスク消化+IUプラネット育成
2. IUで余った分は、銀コインガチャ用に回さず貯める
3. 欲しい物リストを明確に作っておく
👉 はっきりしないと貯める目安が分からず、
いらないことにガチャを使ってしまうため
👉 迷うなら「貯める」
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■ 星粒を貯める方法
1. オールギフト時のみデイチャレ
• 永久が出るガチャを回し、
出たものは欠片にして回収し、
その欠片をギフトに交換
2. 中級でナンバーアイコン&アンカー狙い
• 中級チケットをiu プラネットで
大量に貯める(目安:1ヶ月・3垢)
• 銀コインガチャでコレクションを揃えて、
宝箱を開けて中級チケットを回収
3. 銀コインガチャでランカー
4. 枠貸し
• 花摘みが大変なので、時間がある時のみ
5. アニフィー
• 当たるまで回せばプラスにはできる
• ただし時間がかかり、疲れる
• 星粒が手に入る度にはやらない
• 頻度を決める(例:週1回)
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■ 箱配り・抽選会について
• 時間がかかる
• 高圧的な人も多い
→ 本当にギフトがない時 or 本当に欲しいものがある時のみ参加
• 箱を配ってもらった場合は、できる限りお返しする
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■ 目的(迷った時に戻る軸)
グラで
「星粒・時間・メンタル」を消耗せず、
欲しいものだけを無課金で手に入れるためのルール

吉田賢太郎
「強くなりたい」と願う君へ。
本当の「強さ」について、
イメージではなく、現実の話をしよう。
人を壊すのは、実はとても簡単なことだ。
急所を知り、力の通し方を知れば、
命の灯を消すのは、一瞬の作業にすぎない。
けれど、思い出してほしい。
本当の「手加減」ができるのは、
「殺し方」を誰よりも知っている者だけだ。
どこを叩けば骨が砕けるか。
どの角度で突けば呼吸が止まるか。
その恐ろしさを、血が通った「痛み」として知っているから、
君は、その一ミリ手前で拳を止めることができる。
殺せる者は、活かせる者。
活かせる者は、殺せる者。
圧倒的な力を自分の中に閉じ込めて、
あえてそれを使わずに、相手を立たせておく。
それが、技術が「殺人」から「活人」へ変わる瞬間だ。
知識も同じだ。
相手を論破して、再起不能にするのは「賢者」のすることじゃない。
相手の間違いをいつでも突ける力を持ったまま、
あえてそれをせず、相手に道を示す。
それが本当の知性の「力加減」だ。
マウンティングなんて、
自分の剣がどれだけ鋭いか誇示したいだけの、臆病な遊び。
本当に深い淵を見た者は、
わざわざ自分の力を他人に見せびらかしたりはしない。
君が磨くその拳も、その知恵も、
誰かを踏みつけるための道具にするな。
「いつでも終わらせることができる。
だからこそ、君と共に生きる道を選ぶ」
その静かな覚悟こそが、
本物の強さがたどり着く、唯一の景色なんだ。

ブギーポップ

エントロピー
死んだ後に捲れた人の元のネタ
ジャニーズ汚い、食えたものではないに対して、ゲイのネバーランドやユートピアには、必ず元ネタがあり、houseの祖神だとラリーレヴィンがそうですが、バレるめくれるは結局全て初犯とよからぬ思いつきの元ネタがあるものです。僕の場合「まず基本的タイムスリップとネタの掘り起こしはそこまでして、普通です」日本人の多くはそこまでは知らないと対峙してますが、まあ今の時代なので殆ど全部めくれ上がり丸出しです。
ジャニーズ事務所は1950年代末から1964(昭和39)年の東京オリンピックの期間に胎動し、やや遅れてテレビ芸能界に参入していった。
東京・原宿駅から徒歩数分のところにある代々木公園には、かつてワシントン・ハイツと呼ばれた米軍住宅地区があった。金網で仕切られたフェンスの向こう側には、色とりどりの屋根、白壁の瀟洒な家屋が並び、緑と芝生に包まれた豊かな「アメリカ」が、まるで映画セットのように広がっていたのである。
ジャニーズ事務所を創立したジャニー喜多川は、このワシントン・ハイツ内の宿舎(後の国立オリンピック記念青少年総合センター宿泊棟)の4階の一室で暮らしていた。
ジャニー喜多川(喜多川擴、John Hiromu Kitagawa)は、アメリカ国籍をもつ日系二世であり、1931(昭和6)年、ロサンゼルスの高野山米国別院の喜多川諦道の息子として生まれた。喜多川諦道は、大阪からアメリカに渡り、1923(大正12)年から10年余りのあいだ、当院の主監として米国大師教会を率いた。
この父は、芸能にも通じ、自身を「やくざ」や「遊び人」と呼ぶほどの型破りな人物だった。なかでも、彼がボーイスカウトを組織したことは当地でも広く知られ、ジャニー喜多川の兄・喜多川真一も、幼少期にボーイ隊のマスコットとして活動していた(「KashūMainichi Shinbun」1933年8月17日)。
1962(昭和37)年、このボーイスカウトは日本を訪れて皇太子と面会、甲子園の開会式やNHKの番組にも出演を果した(高野山米国別院50年史刊行委員会『Koyasan Buddhist Temple 1912―1962』高野山米国別院)。1933(昭和8)年8月、喜多川一家は日本に帰国、太平洋戦争時は和歌山に疎開した。戦後、ジャニー喜多川はアメリカに戻り、アメリカ人として朝鮮戦争に従軍、軍の学校で朝鮮語を学んだ。

ををん

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Sariel セ
奈良の方が古き良き観光地って感じがするようになってしまったものね。でもそれで奈良がまた今の京都のようになるのを見るのも辛いしねぇ。日本人が貧乏になったのが悪いんだけどね…こればかりは時の流れだから

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