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吉田賢太郎
なぜ人は、比べられないものを比べてしまうのか?
それは、人間の性のようなものかもしれない。
自分という存在の座標を知りたい時、人は無意識に他者や過去の自分と自分を測ろうとする。「あの頃の自分はもっと輝いていた」「あの人は私より幸せそうだ」と。それは、自分がどれだけ満たされているか、どこに立っているのかを知るための、ある種の基準探しなのだろう。
また、私たちは変化を恐れる生き物でもある。慣れ親しんだ過去は安心できる場所だ。だから、新しい時代や予測できない未来に直面すると、つい昔の安定した日々を懐かしんでしまう。まるで、新しい道を歩むことに不安を感じ、慣れた古道を恋しがる旅人のように。
そして、人の記憶は時に都合よく美化される。過去の嫌なことは薄れ、良い思い出ばかりが鮮やかに残る。まるで色褪せた写真が、時間が経つにつれて魅力的なアンティーク品に変わっていくように。そうして創り上げられた「バラ色の過去」と現在の現実を比べてしまうから、余計に今の時代が色褪せて見えてしまうのかもしれない。
私たちは、知らず知らずのうちに、自分が持つ限られた情報や経験の中で物事を判断し、複雑な現実を単純化しようとする。その過程で、本来比べるべきではないものまで、無理やり同じ土俵に乗せてしまうことがある。
それは決して「愚か」とか「哀れ」といった一言で片付けられるものではない。人間が持つ、あまりにも人間的な、不器用で、時に切ない心の動きなのだろう。
でも、もしその比較が、不必要な劣等感や満たされない気持ちを生むのなら、少し立ち止まって考えてみてもいい。
「本当に、これは比べるべきものなのだろうか?」と。
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