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じらく

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「言語で僕らは世界を認識している」

言語化という言葉が最近流行っている。
自分の内面だったりを言葉や文字に起こす事でより今の悩みがはっきりさせたり、物事を進める方向性が決まりやすくなるなどのメリットがあって、そういった点ではこの情報過多な世界では需要がでてくるのもわかる気がする。
現に私が投稿している文章もまさに言語化であり、無意識のうちにやってることも多い。
ではそもそも我々が使っている言葉とはなんだろうか?
私にとっての言葉とは人間が世界を認識するために、あえて世界を分断するためのツールだ。
多分多くの人からしたらなにいってんだこいつって話だと思うので、軽く例を上げて説明したいと思う。
例えば我々が普段よくスーパーでめにするりんごを例に上げてみよう。

りんごとは赤くて甘い果物で、リンゴジュースやアップルパイ、そのままでなく色んな物に加工されて食されている。

めっちゃざっくりしているがwiki的にりんごを説明したとしたら、まあぱっとみこんな説明になるだろう。
ここで需要なのは今正に僕は言葉を用いてりんごというものを認識したということだ。
どうゆうことかというと、「甘くて赤い果実という言葉を用いて特徴を形づくり、最終的にりんごという名付けをして、始めてりんごはりんごになった」。。。。
おそらくさらにややこしくなったと思う、ごめん笑
じゃあ今度は皆さんに考えてほしいのだが、言葉を用いずりんごを感じてみてほしい、どうぞ!
。。。

皆さん何が見えただろうか、おそらくは説明できるわけねえだろ!って思われただろう。
そう、それが正に僕らが使ってる言葉の正体なのだ!
言語化とは先程述べた通り、この本質的に分からない世界をわかるために翻訳する性質があり、僕らはその言葉のイメージに騙されながら現実を生きている。
これを考えると日常で感じる喜怒哀楽も、言語化されるまでは本来は僕らにとってはただの本能からくる反射程度のものだったのかもしれない。まあこれも言語化してるわけだから、証明できるものでもないのは前提だが。。。
まあ何が言いたいのかというと言葉という形式を用いて世界を認識している以上、本当の物事は分からないし、それならなるべく楽観的に生きた方がいいなって事である。
結構全体的にざっくりしてしまったが、是非皆さんの意見をお待ちしています!
見てくれてありがとう✨
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