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たっつー

たっつー

【日本の部活動は兵役でしょうか?】

僕はかつて野球部だった。
当時からなぜ怒鳴られるのかよく分からず、だんだんそれに慣れてしまう自分がいた。
今も小学生や中学生の試合を見ていると、「何やってだよ!ボケっとしてんじゃねぇよ!」などと理不尽な怒鳴り声が響く。
その度不愉快極まりない。
自分の子供はこんな場所に入れたくないと心から思う。

野球部というものの、
試合においての勝利は義務なのだろうか。
誰がための勝利なのだろうか。

いつの間にか子供たちが勝ちたくてやるのではなく、親や監督に怒られないためにやっているという状況になっているよう思う。
子供たちの戦いが、誰かに怒られないための戦いになっている。

本来なら、何か出来たら褒められることはあっても叱られる、ましてや怒鳴られる理由は無いはずだ。
部活は自分がやりたいからやるもので、強制されるべきものじゃない。
何かあったら自己責任で、
サボって下手になるのも、
真面目にやらないのも、
上手くなるための努力も、
仲間を助けるのも、
自分が決めて自分でやるべきことだ。
そして勝利は"義務"ではなく、目標でしかない。

何故か日本の組織というのものは、どうしても集団になると全ての行いが"義務"なる。
それが本当に気持ち悪い。

集団で行う競技だからという連帯責任もあるかもしれない。
でもそれなら、サボった人間を責めて無理やり参加させることに意味はあるのだろか。
それこそ何故やりたくないのかを聞くべきじゃないのだろうか?
やらなくていいことを無理やりやらせる資格は誰にも無いはずだ。

僕はこれが兵役の名残のようにも思える。
漠然とお国のためにと死を選ぶ若者が抗えなかったように、漠然と背負わされた義務と責任から逃げられない。

個の心に一切目を向けなくなった"部活"というものに対し、かつて習った戦争の片鱗を見るのである。

それに気が付かない人々は、着実に戦争へと突き進んでいるのだろうと思う。

#部活
#戦争
#私の想い
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コメント

ポエ太郎💪😇

ポエ太郎💪😇

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努力や自己犠牲の賛美は全体主義の名残でしょうね。 正直、ある程度は個人の犠牲の上に社会は成り立っていると思います。

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たっつー
たっつー
そうですね… 毎日のようにある人身事故は、その犠牲の1つなのだろうと日々思ってます。
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りん

りん

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指導者の質の問題のように思えます。 子どもの頃の世界は狭く、出会える環境や人間関係は偶然や運によるところも大きい。 子どもは自らの意志を伝えられるか。 大人はそれを聞く耳があるか。 自分のされて嫌だった事を、自分の代で終わらせられるか。 子どもの頃の自分を救ってあげられるのは、大人になった自分なのだろうと思っています。

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たっつー
たっつー
僕もそう思います。 あまりにも日本の指導者の質は低い気がしますね。 少なくとも自分は、自分より下の世代に同じことをしたくは無いですね。 子供の自分に誇れる自分でいたいです。
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