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塩分
衆議院解散直前、情報番組が放った「優しくて穏やか」「強くてこわい」という政党分類。この稚拙とも言えるレッテル貼りに、日本維新の会と参政党が激昂し、謝罪後も「許されない」と気勢を上げた。この一連の騒動を、兵法の古典『孫子』の視点で見れば、両党がいかに容易く「挑発」という計略に搦(から)め捕られたかが浮き彫りになる。
孫子は「計篇」において、「怒なればこれを撓(みだ)す」と説いた。敵が怒りっぽければ、あえて刺激して冷静さを失わせ、判断を狂わせろという教えだ。今回のメディアの表現は、報道の中立性という点では論外の軽率さであるが、結果として「敵(政治家)の性格を突き、感情を露呈させる」という点では、図らずも強力な挑発として機能してしまった。
特に維新や参政党は、これまで「既得権益」や「旧勢力」といった敵を設定し、強い言葉で支持者を煽る「攻めの政治」を得意としてきた。孫子の言う「卑にしてこれを驕らせる(謙り、相手を増長させる)」あるいはその逆、相手の自尊心を逆なでする手法を自ら熟知していたはずである。
しかし、いざ自らが「こわい」という負のレッテルを貼られた途端、彼らは孫子が最も戒めた「五危(将軍が陥る5つの危険)」の一つ、「憤速(ふんそく:短気で、侮辱に耐えられないこと)」を露呈させた。「謝罪では済まない」という過剰なまでの反応は、第三者の目には正当な抗議を通り越し、番組側の意図した(あるいは無意識の)罠に自ら飛び込み、自壊していく姿に見える。
孫子の真髄は「人を致して人に致されず」、すなわち主導権を握り、相手に振り回されないことにある。今回の騒動で、両党はメディアという土俵に引きずり出され、怒りという感情を「致されて(操作されて)」しまった。抗議の声が大きくなればなるほど、「やはり強くてこわい」という番組側のレッテルを自ら補強し、証左を世間に与えるという、最悪の戦術的失策を犯したのである。
メディア側が「分かりやすさ」という誘餌(ゆうじ)で、政治を情緒的な物語に引きずり込む手口は巧妙化している。政治家がそれに真正面から感情で応じるのは、兵法で言えば「敵の誘いに乗って、守りの堅い陣地を捨てて野戦に出る」ような愚行だ。
感情を武器にする者は、いつか感情によって滅ぼされる。
今回の騒動で問われたのは、メディアの質もさることながら、挑発を柳に風と受け流し、政策という「実」で返せなかった政治側の、戦略的知性の欠如である。鏡に映った己の怒った顔を見て、さらに怒る。その循環の中に勝利はない。
コメント
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りり🦖🦕
まさかのオタマトーン同じだし、40人部屋だし、オタマトーンハモリがおもろすぎて最高だったな
みぃちゃんの生歌も聞けて幸せだった🫶
やっぱ通る声だし可愛いしカッコイイし聞き入っちゃった
来てくださった方々ありがとうございました!



黒羽快斗

ゆう
自習の時間暇だったから友達と一緒に変な遊びしてたなぁ
まず妄想の中で恋人を男女1人ずつ作ってそこから泥沼みたいな物語を作っていった

健

ぱー子
眠気は遠退く気がする……( -᷄ω-᷅ )

tenpei
回答数 29>>

ゆで卵
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マル爺

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伊藤さ
しばらくのテーマは節制です

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ココ🥃
とんでもない比喩ではありますが例えば両党の党首をモデルに映画のキャスティングをするとして、絶対に高倉健さんや役所広司さんは使えない、小沢仁志レベルの薄っぺらいチンピラ、あるいはいっそお笑い芸人でもあてがっとけばいいかなと... 知能の低い人間ほど簡単に沸騰しますものね。