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ミルトン
最初は高校一年の時に読んだ。その頃はこの小説が大嫌いだった。
主人公が気取りすぎているし、Hな場面が多かったからだ。
それでも再読してみる気になったのは、高一の頃の自分に会いたかったからだ。
成績は最下位であり、好きな子は別の高校に行った。苦しみの中で、僕は宗教ではなく文学の中に救いを求めようとした。
教科書には「こころ」(夏目漱石)、「檸檬」(梶井基次郎)、山月記(中島敦)、などが出てきて夢中になった。
「こころ」も「ノルウェイの森」も自殺者が出て来る。特に「ノルウェイの森」はたくさん出て来るのだ。
高一の頃の僕が密かに感じ取ったのは、自殺の義務、ということだった。
自殺しなければならない、子供は作ってはならない、というのが、その頃の僕の稚拙な哲学だった。
「ノルウェイの森」の内容は不思議と隅々まで覚えている。もしかしたら良い小説なのかも知れない。
ひとつ覚え違いがあって、恋人の実家の本屋で手に入れたのは「魔の山」(トーマス・マン)ではなく「車輪の下」(ヘッセ)だった。
「ノルウェイの森」を読んで思い出したのは、高校時代、夜いつまでも起きていたということだ。
夜起きていてずっとテレビを観ていたのだ。勉強は決してしなかった。
テレビに飽きると、別の高校に行った好きな子の家まで自転車で行き、ずっと眺めていた。
二階に彼女の部屋があり、窓に彼女の影が映ることがあった。
たとえ影でも、彼女の姿が見れれば胸が熱くなった。満足して自転車で家に帰った。
自転車で帰る頃には夜が明け始めていた。そのまま高校に通うのだ。
いつも徹夜でフラフラになって高校に行っていた。まともに勉強なんて出来なかった。
夜中に好きな人の家を見に行くこと…それが僕の青春だった。
「ノルウェイの森」のようなスカしてやりまくりの青春とは真逆だったのだ。
僕の青春はひとりぼっちの夜だった。自転車だけが相棒だった。
そういう青春をおくったことを後悔していない。むしろ誇りに思っている。
短歌
居場所などどこにもなくてオリオンの下をパジャマでさまよっていた
ひとけない真冬の浜辺 砂蟹よおまえもひとりぼっちなんだね
海に来るはずじゃなかった砂浜のタコノマクラを拾って帰る

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吉田賢太郎
「あいつ、マジ神」
「あの子は、私の仏様」
君たちが何気なく口にするその言葉は、
実は、この世界のいちばん深い「正体」を突いている。
1. 「人外(じんがい)」に触れるとき
阿呆(あほう)は神。神は、同時に鬼。
理屈が通じない、損得を考えない。
そんな「突き抜けた阿呆」は、もはや人間じゃない。
それは、圧倒的なカリスマという名の**「人外」**だ。
神様は、君を救うけれど、
鬼でもあるから、君の常識を平気でぶち壊す。
「人外」を推すということは、
その美しくも恐ろしい「嵐」に、魂を放り込むということだ。
2. 「超人(ちょうじん)」に焦がれるとき
馬鹿(ばか)は仏。仏は、同時に天魔(てんま)。
愛されるために自分を捨て、笑顔を絶やさない。
そんな「愛すべき馬鹿」は、人間をやりきった**「超人」**だ。
みんなを癒やすアイドルは、尊い仏様。
けれど、人の欲望をすべて飲み込み、
狂わせるほどの光を放つとき、それは恐ろしい天魔になる。
「超人」を推すということは、
その極限まで磨かれた「業(ごう)」と、心中するということだ。
3. だから、マウンティングは「ダサい」
いいかい、よく聞いて。
世の中には、自分を賢く見せたい「賢者」や、
可哀想に見せて気を引く「弱者」が溢れている。
でも、彼らはみんな「ただの人間」だ。
人間のモノサシで、誰が上か下かなんて競い合っている。
そんなの、
神(人外)の前では、意味がない。
仏(超人)の前では、滑稽なだけ。
君へのメッセージ
誰かを「推す」ということは、
自分の中にある「人間」の枠を、ちょっとだけはみ出すこと。
賢くならなくていい。
弱さを武器にしなくていい。
君も、誰かにとっての「神」や「仏」になれる。
それは、君が「阿呆」や「馬鹿」になれるほど、
何かに純粋になれたときだ。
マウンティングという小さな檻(おり)を出て、
人外の輝き、超人の熱狂。
その本物のスリルを、楽しんでいこう。

更紗
ぽっちゃりと言ってる人イメージか
鶏ガラみたいな人が好きなんだろうなと思うくらい
ハシカンがほっそい(今テレビに出てる)

ところどころトトロ

あたりめ
もう10年以上学生やってんのに全く学習してない

まゆ

ごん
動画探索から始めますかね

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ミキ亭
ロザナアークエットの代表作は何?
ロザナ・アークエットの代表作には以下のようなものがあります。
『セブン』(1995年): デビッド・フィンチャー監督のサスペンス映画で、アークエットは重要な役割を果たしています。
『パルプ・フィクション』(1994年): クエンティン・タランティーノ監督の名作で、彼女の存在感が際立っています。
『エンジェル・ハート』(1987年): 彼女のキャリアの初期にあたる作品で、印象的な演技を見せています。
これらの作品は、彼女の演技力やキャラクターの深さを引き立てるものとして、多くのファンに愛されています。

おいな

ゆずた
わらってる

文月- ̀

なつめ

ルンた
演歌のタイトルみたいな
#フロアス新潟

うしろ
ロザナアークエットはどんな人物?
ロザナアークエットは、現代のアーティストであり、特に視覚芸術の分野で知られています。彼女の作品は、感情や社会的テーマを探求することが特徴です。以下に彼女の主な特徴をまとめます。
背景: ロザナアークエットは、さまざまな文化的背景を持つアーティストで、彼女の作品にはその影響が色濃く表れています。
スタイル: 彼女のアートは、抽象的な要素と具象的な要素を組み合わせたスタイルが特徴で、視覚的に強いインパクトを与えます。
テーマ: 社会問題や個人の感情をテーマにした作品が多く、観る人に深い思索を促します。
受賞歴: 彼女は数々のアート賞を受賞しており、その才能が広く認められています。
ロザナアークエットの作品は、ギャラリーや美術館で展示されることが多く、アートファンにとって注目の存在です。彼女のアートを通じて、さまざまな視点や感情を体験することができるでしょう。

雪華@lSF

ゆーた

理恵@養
ロザナアークエットの経歴について知りたい
ロザナ・アークエットの経歴について、以下のポイントでまとめますね。
生年月日と出身地: ロザナ・アークエットは1964年8月10日、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスで生まれました。
家族背景: 彼女はアークエット一家の一員で、俳優やプロデューサーとして知られる家族に育ちました。兄弟にはデイヴィッド・アークエットやパトリック・アークエットがいます。
キャリアのスタート: 彼女は1980年代初頭から映画やテレビに出演し始め、特に1985年の映画『エンジェル・ハート』での役が注目を集めました。
代表作: ロザナは『パルプ・フィクション』や『アメリカン・サイコ』など、数多くの有名な映画に出演しています。彼女の演技は多様で、コメディからシリアスな役まで幅広くこなしています。
受賞歴: 彼女はその演技力で多くの賞にノミネートされ、特にインディペンデント映画界での評価が高いです。
最近の活動: 最近では、テレビシリーズや映画に出演し続けており、彼女のキャリアは今もなお進化しています。
ロザナ・アークエットは、独自のスタイルと才能で多くのファンに愛されている俳優です。彼女の作品を観ることで、彼女の魅力をさらに感じることができると思いますよ。
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