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しんや
回答数 20>>
第二に、人とて生物であることを自覚して、適度に運動を習慣とすること。
第三に、計画主義の危うさを自覚すること。
第四に、これらを踏まえつつ、『こまけえこたぁ、いいんだよ』( ゚д゚)と精神の自由と、隣人同胞への慈愛を両立させること。
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那

二






ケイ
『小欲知足』
欲望を少なくし、今あるもので満足すること
この言葉を知ったのは、この頃見ていなかったYouTubeのジョーブログのインド横断旅。夢中で観てた。
ひとりでやる事ないし、色々考えるのが何か辛いから色々見てるけど、色々気付かされる事があって、日々勉強だなと思う次第。
今の状況も幸せなんだと自分に言い聞かせよう。そして、それだけでも充分に幸せなんだと思うことにしよう。
2年後の未来

劇人X
なんか流れてきたので!!!
あくまでも僕の意見です。
現実に恋人や配偶者、家族という「既に築かれた関係」が存在しているにもかかわらず、ネットゲームやアプリ上の結婚システムを利用して異性と擬似的な関係を結ぶ行為は、極めて道徳的に問題があると言わざるを得ない。
第一に、それは信頼の裏切りである。
恋人や配偶者との関係は、明文化されていなくとも「自分はこの人を特別な存在として大切にする」という暗黙の約束の上に成り立っている。仮想空間であっても、結婚・恋愛という形式を用いて他者と深く関わることは、その約束を軽視し、踏みにじる行為だ。
「現実じゃない」「遊びだから」という言い訳は、裏切られた側の心の痛みを消す理由にはならない。
第二に、この行為は責任の放棄である。
仮想世界の結婚システムは、感情的な親密さを伴う設計になっていることが多い。そこに参加するということは、相手の感情を引き受ける覚悟が本来必要だ。しかし現実の関係を隠したまま関わる人は、相手に対して真実を開示せず、結果として相手の人生や感情を「消費」しているに過ぎない。
これは誠実さを欠いた、自己中心的な関わり方だ。
第三に、最も深刻なのは自分自身への欺瞞である。
「誰にも迷惑をかけていない」「現実とは別物だ」と自分に言い聞かせることで、道徳的な違和感から目を背けている。しかし、隠れて行う行為である以上、心のどこかで「後ろめたさ」を自覚しているはずだ。
その自己欺瞞を重ねるほど、人は誠実に人を愛する力を少しずつ失っていく。
恋愛や結婚とは、本来、相手を尊重し、選び続ける行為である。
現実のパートナーがいながら仮想空間で別の「結婚」をすることは、その尊重を放棄し、関係を軽んじる態度に他ならない。それは自由でも娯楽でもなく、未熟さと無責任さの表れだ。
もし孤独や承認欲求が理由なのであれば、まず向き合うべきは仮想の誰かではなく、現実の関係、あるいは自分自身の心である。
誠実さを欠いた関係の上に、健全な幸福が築かれることは決してない。

ぶぅけ
来月から正社員として働きます
がんばる!!!!超がんばる!!!!

ゲントク
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