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伯爵

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「博士の愛した数式」の博士のように、前向健忘などで、昨日の記憶はないが20年前の記憶があるというとき、あなたは「昨日の私=私である」と自認/追認できるだろうか「博士の愛した数式」の博士のように、前向健忘などで、昨日の記憶はないが20年前の記憶があるというとき、あなたは「昨日の私=私である」と自認/追認できるだろうか

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ちょうど昨日、そんなことを考えてました。
ただそこは「自認/追認」は、たとえ錯覚に過ぎずとも主観を持ってすれば思考するまでもなく「可能」。
今の自分が昨日の自分から連続できているものか?の「証明」であれば「不可能」と考えます。

1.今日の「自覚している自分」の昨日の記憶が正しいとは限らない。
2.第三者による証明は、精度に問題があるため、証拠としては不十分。
3.身体を構成する物質、細胞は、日々入れ替わり続ける(※何をもって自己か?の定義による)

平易な理屈にまで落とせば「毎日思考も細胞も入れ替わり続ける」というテセウスの船のような話になる。
テセウスの船が「テセウスの持ち物であるからテセウスの船だ」とするならば、自己とは「自己が自己を自己と認めたから自己である」という“思い込み”の域を出ず、証明には及ばない。

20年前だろうが昨日だろうが、それに関わらず過去とは「主観によって解釈され改竄された妄想」であるのだかは(客観的に観測された事実ではないのだから)、自分が昨日から連続していることは「希望的観測」に過ぎない。
このように思えます。
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ちょうど昨日、そんなことを考えてました。