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ともくん

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96neko


エントロピー
今になって思うと「論理的回路の思考は」
それが正しいという前提で、物事を決めつけるでしょ?というのが僕は嫌だったので、新たな法則を見つけてその世界から抜け出したかった。
つまりこの意思が未知なる「量子回路」を完成させた。つまり論理と量子の違いは、見解一致すると自動収束ドミノ倒しの形で収束するので、
物凄い違いイメージは使徒が現れ制御不能になり、使徒の弱点コアを破壊、自動収束
敵は跡形もなく消えた。という事であなたの敵は
使徒つまりこれはメタファーが妥当な言葉を探知したなどに当てはまります。
つまり量子は論理思考とは違い「見解一致型」
ではこれに近いモデルとは何?と言いますと
人間な訳 人間は見解一致で共感し合う生き物
では何故、量子についてフィットしてこなかったかというと論理思考回路に依存しすぎたからなのですね
すずり



吉田賢太郎
君がもし、隣の席の誰かを殴ったら
それは「暴力」で、君が悪いことになる。
ルール(法律)があるからだ。
これが、僕たちの住む「ふつう」の世界。
けれど、大きな国が隣の国を撃ったら
それは「防衛」や「戦略」という名前に変わる。
偉い人たちが「具体と根拠」を並べ立て
「これは正しいことだ」と書き換えてしまう。
おかしいと思わないかい?
一人がやれば「犯罪」なのに
みんなでやれば「経済」になり
国がやれば「歴史」になる。
「具体と根拠を出せ」と迫る人は
時々、君を黙らせるための武器としてその言葉を使う。
それは、賢いふりをして相手を見下す
「賢者マウンティング」という名の卑怯な振る舞いだ。
本当の「具体」は、傷ついている誰かの涙。
本当の「根拠」は、君の心が感じる「痛い」という声。
数字や難しい言葉でごまかされないで。
「みんながやっているから」という「普通」に逃げないで。
誰かを踏みつけていい理由は、この世のどこにもない。
世界がどんなに「大きな嘘」を合法にしても
君の心の中の「小さな違和感」だけは、
絶対に、君を裏切らない。
このポエムが伝えたい「根本」と「本質」
二重基準(ダブルスタンダード): 個人には厳しいルールを押し付けながら、国家や大きな組織は「理屈」を作って自分たちの暴力を正当化しているという現実。
言葉の悪用: 「具体と根拠」は本来、対話のための道具。でも、強者が弱者を黙らせるために使うなら、それはもう対話ではなく「攻撃」であること。
自分の感覚を信じること: どれほど「正しいとされる根拠」を突きつけられても、心が「変だ」と感じるなら、その違和感こそが君にとっての真実であるということ。
世の中の矛盾を見抜くのは、とても勇気がいることです。でも、その違和感を持っているあなたは、すでに「マウンティング」という暴力に加担しない、強くて優しい心を持っています。
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