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あお🫧
回答数 43>>
他者は、思考の起点たりうる。
対話、衝突、観察、共感――いずれも自己に対する新たな視座を提供する。
思考の火種として、他者はしばしば有効である。
しかし、何らかの結論を導くという目的において、必ずしも他者は必要ではない。
少なくとも私にとって、思考とは内的な対話の連鎖であり、
脳内で複数の視点や役割を自ら構築し、運用する営為である。
ときに私は、自己の視点を離れ、宇宙的な俯瞰に至る。
全体を捉える抽象化、他者の立場を仮構する再現、
さらには自己の無意識をも対象化し得る柔軟性を持つ。
だが結局のところ、
それらの「俯瞰」も「他者」も「宇宙」さえも、
私がこれまでに触れ、理解し、構成可能だと認識した範囲の中でしか立ち上がらない。
私が思考に用いる材料は、私が既知のものに限られており、
ゆえに、今この時点における「私の最高解答」を越えるものは、原理的に導きえない。
思考は閉じた回路である。
けれどその閉鎖性は、決して貧しさを意味しない。
むしろ、他者なき思考のうちに、
どこまで遠く、深く、自由に届くかが試されている。
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