自然状態では、人々の力の行使を制限する法が他にないから、いつ誰が攻撃してくるか分からず、警戒し合う。そこで、その警戒に基づいて、どうすべきか・どうすべきでないかを自ら定め、自ら制限するしかない。その基準は、自らの生命を守れるかどうかだけである。だから、自分の生命が脅かされた、あるいは脅かされると感じたならば、他人の生命を奪うことを制限するものはないし、それを禁じ罰するものも何もない。しかしそのことが、警戒心に満ちた状況においては、却って命取りとなる。自分が相手をいつでも攻撃できることは、相手も自分をいつでも攻撃できるということだからある。そうするとますます互いに相手を警戒し、先に攻撃するようになる。ホッブズにおける根本問題は、この悪循環を如何に脱却出来るかである。 関連する投稿をみつける
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自然状態では、人々の力の行使を制限する法が他にないから、いつ誰が攻撃してくるか分からず、警戒し合う。そこで、その警戒に基づいて、どうすべきか・どうすべきでないかを自ら定め、自ら制限するしかない。その基準は、自らの生命を守れるかどうかだけである。だから、自分の生命が脅かされた、あるいは脅かされると感じたならば、他人の生命を奪うことを制限するものはないし、それを禁じ罰するものも何もない。しかしそのことが、警戒心に満ちた状況においては、却って命取りとなる。自分が相手をいつでも攻撃できることは、相手も自分をいつでも攻撃できるということだからある。そうするとますます互いに相手を警戒し、先に攻撃するようになる。ホッブズにおける根本問題は、この悪循環を如何に脱却出来るかである。