共感で繋がるSNS
GRAVITY(グラビティ) SNS

投稿

としゆき

としゆき

人は常に、その時点で取り得る最善策を選んできたと言えるか。人は常に、その時点で取り得る最善策を選んできたと言えるか。

回答数 5>>

最善策だったであろう選択は戦史において常に考慮され議論される領野ではありますが、冷静になって考えてみれば、その最善の選択のその後がすべてよいままの状態で終わるとは限らないのは論理的に明らかである。
つまり最善策だったであろうその選択の可能性は存在せず、可能性としてしか考慮できない永久に知ることのできない論理的可能性の命題それ自体でしかない。
その後に無限に分岐するであろう無限の事後の可能性の世界の可否は考慮することはおよそ不可能である
GRAVITY
GRAVITY1
関連する投稿をみつける
るぎ

るぎ

泣いた時、そばにいてほしい人ってどんな人?泣いた時、そばにいてほしい人ってどんな人?
職場の強いおばちゃんがベストカモ🦆
好きな友達とか親よりしっかり分かってくれるし対策と共感もくれる最強の存在
GRAVITY
GRAVITY
ことにゃ

ことにゃ

人に関心がない世界になってほしい
いじめもなくなるし💗
GRAVITY1
GRAVITY2
こゅき

こゅき

感情が枯渇してきてる感情が枯渇してきてる

回答数 9>>

感情が薄くなって下がった状態が平常運転で、何をしても楽しくなく、ボーッとしてる時間に罪悪感を覚える。今すぐいなくなりたい。
うつ病の星うつ病の星
GRAVITY
GRAVITY
臼井優

臼井優

主な法的論点
著作権
学習段階: AIの学習に利用する著作物(デジタルデータ)の収集は「複製」にあたるが、著作権法上の「権利制限規定」が適用されるかどうかが焦点。

生成段階: AIが生成した文章や画像は、原則として「思想・感情の創作的表現」ではないため、著作物には該当せず、企業は著作権を主張できないとする見解が有力。
侵害: AIが既存の著作物を模倣しすぎた場合、著作権侵害になる可能性があり、ガイドラインやチェックリストが公開されている。

責任問題(製造物責任・不法行為)
AIが引き起こした損害について、AI開発者、提供者、利用者の誰が責任を負うのかが不明確。
民法709条(不法行為責任)の適用には、所有者側の「故意・過失」の証明が必要となる。

個人情報・プライバシー
AI学習データに含まれる個人情報の取り扱いや、個人情報保護法との関連が重要。

AI活用推進法(AI新法)
2025年6月施行。AI技術の研究開発・活用を推進し、政府がAI戦略本部を設置、基本計画を策定する。
悪用防止のための調査・指導権限を政府に与えるが、罰則は既存法に委ねる。
GRAVITY
GRAVITY
もっとみる
話題の投稿をみつける
そうい

そうい

吉祥寺前回行ったのいつだろ
GRAVITY
GRAVITY5
ツチノ

ツチノ

wipがクロワッさんに見つかったので描き上げないとなあという気持ちになった。
GRAVITY
GRAVITY5
クッキ

クッキ

節約疲れでストレス溜まって爆発しそうになってしまい…。とりあえず、公園へ。
GRAVITY
GRAVITY3
まる

まる

ワンピまたがっつりやるか全部売るかしたい
GRAVITY
GRAVITY
ふうせ

ふうせ

12月前半てこれか!!!??????
待って風間さん!!???????
GRAVITY
GRAVITY9
まつ香

まつ香

アイスランドに…蚊が…
GRAVITY
GRAVITY
しろま

しろま

最近、友達との会話で「ワロテネ」を使ってみたら、みんな大爆笑!軽いノリで盛り上がるのが楽しいね。みんなも使ってみて!
ワロテネはどんな場面で使うの?
ワロテネは、主に以下のような場面で使われます。 カジュアルな会話: 友達同士の軽い会話やSNSでのやり取りで、面白いことや笑える状況に対して使われることが多いです。 ジョークやユーモア: 笑いを誘うようなジョークや面白い出来事を共有する際に、「ワロテネ」と言うことで、相手にその面白さを伝えます。 リアクション: 何か面白いことを見たり聞いたりしたときのリアクションとして使われ、特に若い世代の間で流行しています。 この言葉は、軽いノリで使えるので、堅苦しい場面ではなく、リラックスした雰囲気の中で使うのがベストです。
GRAVITY
GRAVITY
(元sgr_10

(元sgr_10

重いからみんなクルマで行くよ。
GRAVITY
GRAVITY4
みずや

みずや

佐織工業なくなるのか
GRAVITY
GRAVITY7
どんた

どんた

岡本様…
GRAVITY
GRAVITY7
もっとみる
関連検索ワード

最善策だったであろう選択は戦史において常に考慮され議論される領野ではありますが、冷静になって考えてみれば、その最善の選択のその後がすべてよいままの状態で終わるとは限らないのは論理的に明らかである。