投稿

Kiki
AIを活用して正しい敬語に直すことは便利で、手軽で、時短にもなる。
また敬語の使い方を学ぶ画期的ツールでもある。
しかしそれと同時に、この行為が普及することで「敬語」の本来の価値を失われるのではと心配している。
敬語とは本来自分の心からの誠意を相手に示すために捻り出した特別な活用形であると考える。
一方AIを使うとあまりに手軽で、ただの状況に合わせたフォーマットとしての印象が強くなる。
考えているとふと、以前読んでいた星新一のショートショートの話が思い出された。
「肩の上の秘書」という作品だ。
この作品はセールスマンとお客との会話を描いている。簡単に話をまとめてみる。
二人とも 「売りたい気持ち」と 「いらない」 という気持ちを強く持っている。
しかし、その気持ちをストレートにぶつけず、肩の上に乗った鳥型の敬語翻訳機を通じて
会話をしている。
セールスマン:これいる?
セールスマンの翻訳機:お忙しいところ、突然お邪魔して申し訳ございません。実は私は〇〇会社の販売員でして‥
お客さん:この人なに言ってるの?要約して?
お客さんの翻訳機:「これいる?」だそうです。
お客さん:いらない。
お客さんの翻訳機:「よくいらっしゃいました。おたくの会社は素晴らしい新製品をお作りになると聞きましたわ。
だけれどこの商品は高級品すぎてとても‥」
※個人の意訳で、引用ではありません。
この作品では機械による気持ちの乗らない薄っぺらい敬語が皮肉的に描かれている。
肩に乗った鳥型の敬語翻訳機だなんてまさに現代のAIではないか。
星新一さんが半世紀近く前から予感していたことが、今まさに現実になろうとしている。
今僕は星新一さんへの想像力への関心と、現実になってしまいそうな不安の感情を感じている。
また、最後の一行も考えさせられた。
営業が終わったセールスマンは機械をとり、癒しのバーへ向かった。
そこでいつも楽しみにしていることは、機械を肩に乗せたマスターからの励ましの言葉だったのである。
薄っぺらいAIの言葉でも癒されてしまう。
これはきっと、本当は人間の本物の愛情に飢えているのにも関わらず、それを満たす手段は機械による偽りの愛しか選択の余地がないディストピア的な世界を暗示しているのだと解釈した。
さらに、偽りの愛で満たされ、上機嫌になるセールスマンの様子から、彼は本当の愛とは何かとっくに忘れているのではないかとさえ感じ取れた。
ぜひ、本編を読んであなたの解釈と、今後のAIについてどう考えるか共有したい。
話題の投稿をみつける

のん

暴君

ざきし

うみさ

💡こま

うめ@燕

紫音
やっと落ち着きつつあるのでイベントのこととかイラスト頑張ります、、!

のり🪥
くぅーーー
#庭ラジ

ざきし

コン助
もっとみる 
関連検索ワード
