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大阪万博といえば音楽。少なくとも1970年の時ははそうだったようだ。

自分が生まれる前の出来事だが、田中雄二の名著『電子音楽 in JAPAN』の冒頭に記された、万博における電子音楽(現代音楽)を手がけた巨星たちの名前を見れば頷ける。黛敏郎、一柳慧、武満徹、高橋悠治、湯浅譲二、イアニス・クセナキス、カールハインツ・シュトックハウゼンなど、錚々たる音楽家たちが名を連ねているではないか。

東芝IHIパビリオンの音楽を担当した冨田勲は、その準備で在阪中だった折にレコード店に立ち寄り、ある一枚の作品を手にする。ウォルター(ウェンディ)・カルロスがモーグ・シンセサイザーでバッハの曲を奏でた先駆的な音楽『スウィッチト・オン・バッハ』。これを聴いた冨田は、大枚叩いて日本で初めてモーグを個人輸入し、日本における電子音楽の創作を牽引していくことになる。

その場に立ち会った松武秀樹も、師匠の冨田にならって後にこのシンセサイザーを購入。周知の通り、松武は「4人目のYMO」としてマニピュレーターを担当しており、彼と彼のモーグはYMOの音楽に欠かせない“メンバー”となる。大阪万博がなければ、もしかすると世界的なテクノミュージックグループであるYMOの成功はなかったかもしれないと思うと、因縁を感じずにはいられない。

国内では、三波春夫が「こんにちはー」を連呼する例の曲でミリオンヒットを飛ばし、だいぶ牧歌的な雰囲気さえあったようだが、電子音楽という、新しい芸術表現に取り組もうとした音楽家の熱意と軌跡を辿ると、万博という国家的イベントの別の側面が見えてきておもしろい。

過去を(再)評価、もしくは発見するというのは、後世に残されたものの楽しみであり、ある種の義務でもある。いま起きていることは、未来の多くの眼差しにもさらされている。

#大阪万博
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