厄払いというのがあるけれど、本当は厄を招かないといけない。宗教の考え方である入信すれば救われるというような話ではない。自ら蒔いた種は、遅かれ早かれ刈り取らなければならない。それが理である。そして善こそ人に見せないようにやること。人間は悪を隠して善を見せたがるけれど。