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柚𐂂
ただそれは非常に差別的にとられ得るものだったし、実際そうとられたからこうも炎上してる
本人の意図とは違う方向に作品を解釈されることはよくある。それを鑑みて作品を発表すべきだったという気持ちと、そこまで考慮しないといけないものなのか?という疑念が両方ある
解釈されてしまったものは仕方がないし、それに対してそこそこ迅速に対応しているので、とりあえず、必要以上に非難しなくていいのでは?と思う
歌自体は彼ららしくてとても良いと思うので
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柚𐂂 投稿者
ただね、今回は大森さん個人だけでなく制作会社も一枚噛んでるわけで、なにかしらストップが入るなり変更が加わるなりしてもよかったのではないかと思わないでもない
柚𐂂 投稿者
歴史への知識が足りない、という指摘は少しずれていると思う 余計な知識を持ち込んだ受け取り手が勝手に解釈してしまうようなものを作ってしまった、というのが正しい
柚𐂂 投稿者
作り手の意図が100%伝わる作品なんてほとんどない、と言っていいのではないか わたしの創作物だってわたしが意図した全てを理解してもらえるわけではないし、違う方向から解釈されることも多い その曖昧さが人間らしい創作活動であるはずで、でもその曖昧さがこういった事態を招く あまり考えすぎると窮屈で創作などできない
柚𐂂 投稿者
作者が親、作品が子どもだとしたら、今回の件は、子どもが公園で走っていて偶然ほかの子とぶつかってしまった、ようなものだと思っている それに対して、「こんな子を産む親はどこか足りてないんだ」「頭のいかれた子」という評価は、ちょっと言いすぎではなかろうか。 子どもがしてしまったことに対して責任を持つのは親の責務。だから謝罪しなければいけないし、結果に対する償いを求められたら応えるべきだとは思う。今後気をつけるべきだとも思う。 ただ親自身や子どもの存在を否定するのは、なにか違うと思ってしまう
柚𐂂 投稿者
作品をつくる姿勢や知識に問題があったとする作者論的な考えは、今回はあたらないのではないか。 ただ、時代背景的に、結果として、作品が好意的に受け取られなかった。 だから、「こんな作品を作ってすみません」ではなくて、「自分たちのつくった作品でお騒がせしてしまいました。すみません」というスタンスでいるべきだと思っていて、だから今回の謝罪は的を射ていると感じている