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komichi

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喜雨は姉の言うとおり、実家に戻った。すっかり年老いた母は、温かく出迎えてくれて、コタツに入ることを勧めて、温かいお茶を出してくれた。懐かしい匂いだった。この家で聞く雨の音はとても優しかった。自分の部屋に戻ると、その部屋には、喜雨が活躍していた頃の、スクラップ記事と写真集で本棚が埋まっていた。母は喜雨の活躍を喜んでくれてたことを知り、一人で声を殺して泣いた。

そうしていると父がやって来て、

「またいちからやってごらんよ」

そう言って、喜雨の肩を抱いた。

それから喜雨は、カメラを持って、雨を撮った。紺碧の晴れ空でもなく、美しい夕焼けでもなく、雨の景色を撮った。その雨の風景は、喜雨にしか撮れない部類の写真だった。喜雨の写真は、批評家からは相手にされなかった。

しかし、見るものを捕らえる力のある写真で、喜雨の写真を手にして共感したという女性が喜雨のもとを訪れた。その女性は目が見えなかった。

「私は数年前から目に光を失って、見えなくなったのだけど、喜雨さんの雨はとても優しいです」

そう話した。

「目が見えないのに、どうやって写真を見たのですか?」

喜雨は驚いて尋ねると

「写真を手に持つと、雨の音がするんです。優しい雨の音に包まれて、とても幸せな気持ちになるのです。どんな写真なのか知りたいのだけど、でも感じるのです。喜雨さんの雨が優しく語りかけてくれるの」

そう女性は話した。 

喜雨は縁あって、その女性と再婚した。今度の結婚は、姉も両親も喜んでくれて、その後は慎ましいけれど、穏やかな人生が待っていた。二人には、男の子と女の子の双子が生まれて、すくすくと育った。姉の聡子は男運に恵まれずに一人暮らしを続けていたが、良縁に恵まれて結婚し子どもも生まれた。 

喜雨の両親は、二人の子どもを温かく見守った。喜雨一家が出かけると、いつも美しい雨が降る。その雨の中、雨が降ることを喜びとして感じ合える一家の姿があった。喜雨は、空の声が聞こえなくなり、天気を自由に変える能力も失ったが、一人の人間として大きく成長した。

喜雨の雨の写真は、評価を受けずにガラクタのように粗末に扱われていたが、喜雨が亡くなった数年後に口コミで広がった評判により、多くの人々から愛されるようになり、後の世のかけがえのない財産として、大切に扱われた。完
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コメント

Ⅿaru🐧

Ⅿaru🐧

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komichiさんの書く物語は自然の美しさと人の温かさを感じます。喜雨さんの撮ったお写真見てみたいなぁ…

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komichi
komichi
嬉しいメッセージ✨✨ 長い文章を読んでくださりありがとう😊喜雨の雨の写真、どんな写真でしょうね
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亜矢

亜矢

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とても素敵な文章で、心を揺さぶられました。私もこんな文章が書けたらいいなあ... 優しい気持ちになれました。 ありがとうございます✨

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komichi
komichi
長い文章を読んでくださって、本当にありがとうございます。それだけでも嬉しいのに、感想まで。 ホッとしました[ハート]
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こまち

こまち

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komichiさん こんにちは🌸 分かち合える人が隣にいてくれるって やっぱり幸せなことですよね[照れる] また少し優しい雨の音が 聴きたくなりました*☂︎*̣̩⋆̩

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komichi
komichi
こまちさん こんにちは♪ いつもありがとうございます😊 明日は雨のようです 雨に包まれて一日過ごしたいです☂️
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#朗読会るぴなす💠

#朗読会るぴなす💠

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私にも空の声が聞こえなくなるときがよくあります。失わないように気をつけていても、ふとしたときに亡くしている。今はそれと闘いながら、なんとか雨を取り戻して繋ぐような日々です。

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komichi
komichi
ゆっきーさん そうなんですね。聞こえなくなるのは何故なんでしょうね。ふとしたときに亡くしたことに気づくのかもしれないね。 ゆっきーさん達は羽ばたける人だよ。めっちゃ楽しみにしている。もちろん、私と妻も、いつか飛び出します。応援してます。 空の声が聞こえなくなった時に、それは失ったのかもしれませんが、何かを得るチャンス。空はいつも上空に広がっている。
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喜雨は姉の言うとおり、実家に戻った。すっかり年老いた母は、温かく出迎えてくれて、コタツに入ることを勧めて、温かいお茶を出してくれた。懐かしい匂いだった。この家で聞く雨の音はとても優しかった。自分の部屋に戻ると、その部屋には、喜雨が活躍していた頃の、スクラップ記事と写真集で本棚が埋まっていた。母は喜雨の活躍を喜んでくれてたことを知り、一人で声を殺して泣いた。