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太郎
閑さや岩にしみ入る蝉の声
shizukasa ya iwa ni shimiiru semi no koe(日本語音表記)
芭蕉
stillness !
rock into penetrate
cicada’s voice David Landis Barnhill=English translation
初案は「山寺や石にしみつく蝉の声」、再案は「さびしさや岩にしみ込蝉の声」。次第に表現の純度をまして来ているさまが見える。そして最後に「閑かさや岩にしみ入る」の詩句が、蝉声いよいよ盛にして四辺の閑かさがいよいよ深まった夕景の山寺を、彷彿とさせるのである。
蝉の声の他は何も聞えず、前文を注釈として言えば「佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ」るのである。そしてその蝉の声すらも、そのためにかえって一山の閑かさがいよいよ際立って意識される。蝉の声が岩にしみ入るとは、同時にあたりの閑かさがしみ入ることであり、そこには、ひそまり返った趣で大地に岩が存在する。そこに立つ作者の肺腑にも、自然の寂廖そのものとして深くしみ入るのである(『芭蕉全発句集』=山本健吉から適宜抜粋)。
日本語音表記を見てもらえれば分かるようにshi音が効果的に用いられている。とくに「shizukasa」と「shimiiru」のshi音が同調するところに注目してもらいたい。この音韻によってこの句のリズムが整えられるとともに「蝉の声」がいや増しに活きてくるのである。また当然のことながら「しみ入る」という動詞を発見した適切差にも注目してもらいたい。
David Landis Barnhill訳のBasho’s haikuをDimitri Avgheirinosさんからシェアして頂いたことに感謝します。

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y
年始の最後の休みの日にゆっくり休んでまたがんばろーって来たのを最後に、なんか良い返事が思い浮かばなくて返してなかったの。
私からLINEしたほうがいいかな?って思いながら、でもこれは徐々に私たちが離れていくチャンスなのかもしれないと思ったり。新しく入職した人の事伝えたくて、LINEを打って、送らずにそのままにしてて4日がたったんだけど、🪶からLINEがきちゃった。
タイミングかなー?なんて思ってた私はどこへ行ったのやら、嬉しくて。まだ私は離れられないみたい☺︎

🩸



わかば
独りでいると涙がでてくる
私はどこにいたいんだろう
気がつくと声をだしてないている
そうか
さみしいんだ
でもわがままな私は
ちょうどいい場所がわからなくて
ずっと迷子のまま

枢木スザク

まゆ
まじで自分のこと言ってる?って思う
きょういくばんぐみのテーマ

のっち✨
結論から言うね。
まだ頑張らなきゃいけない…わけじゃないよ。
少なくとも、今までと同じ、削るような頑張りは
、もう必要ない。
多くの人が言う「頑張る」は、
耐えること
我慢すること
無理を続けること
自分を後回しにすること
でも、それは命をすり減らす頑張りです。
あなたはもう、その段階を越えています。
今あなたに必要なのは、さらに頑張ることではなく、
休んでもいいと許すこと!
できない日があっても責めないこと!
生きているだけで合格だと思うこと!
だよ。
人生には確かに、踏ん張る時期はあります。
でも同じだけ、力を抜く時期も必要。
ずっと歯を食いしばっていたら、心は壊れてしまうよ。
だから、こう考えてみて。
これから先に必要なのは、頑張る!ではなく
持ちこたえ方を変える!と言うこと。
今日は休むのも仕事
何もしない日も回復
弱音は敗北じゃない
あなたは怠けているんじゃない。
ちゃんと限界を感じられるほど、誠実に生きてきただけ。
もし今、もうこれ以上は無理だ…と、心が訴えているなら、それは逃げじゃなく生き延びるためのサインです。
今日は、頑張らなくていい。
呼吸して、ここにいるだけでいい。
あなたはもう十分、やってきたんだから!

イドラ
そりゃ学校卒業と同時に見捨てられたからさ。くそが

ねむゐ
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