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マサヤス   龍之介

マサヤス 龍之介

岸辺🏝の100冊 # 7-12

#読書の星 #音楽本


☆『「ヒットソング」の作りかた
大滝詠一と日本ポップスの開拓者たち』
/ 牧村憲一 NHK出版新書 2016 第一刷
その声を聴いた途端、牧村は…彼女こそ探していたシンガーだっ!素晴らしいショック、とでも言おうか、少々の音程の狂いなんてまるで問題ない、その位その声に惹かれたのであった。竹内まりやのデビューきっかけの瞬間だった。
ロフトセッションズはプロ・アマの垣根は関係無かった。竹内はオファーをするとあっさりOKした。当時の竹内はまだ慶応大学生であり杉真理が主宰していたリアルマッコイズに所属してマックでバイトする普通の女子大生だった。そんな折に杉真理がビクターからソロデビューする運びとなり、竹内もコーラスで参加することになった。牧村が川原から渡されたテープはその時のものだったのだろう。竹内は回想する。
…私は三曲くらいコーラスをやらさせて貰ったんだけど、いつもやってた曲だったから、あっという間に終わっちゃって、もう少し歌いたいなあって思ったくらい。そしたらビクターの人が「はい、お疲れ様」って3万円のギャラをくれたの。「ゲゲッ!?」って思っちゃったよね。だって、あんなに汗水たらしてマックでバイトしたって、1万円貰うのはやっとのことだったし…。こんな楽しいことして3万円貰えるなんて「プロっていいなぁ」って皆で盛り上がったけど、決して私が行く場所じゃないと思ってた。…
竹内はこの時はまだプロになる気などさらさら無かったのである。そんな頃、牧村は竹内のソロアルバムリリースに向けて先ずはレコード会社探しから始めた。さしあたってはロフトセッションズの発売元であるビクターに相談した。しかし返ってきた答えは「どこがいいの?」だった。それでも粘ると、「ライブハウスレーベルものなんて、具にも付かないものを出してやってるのに!」と終いには怒り出す始末だった。そんな折にRVCレコードの宮田茂樹から「カレンカーペンターみたいな声のシンガー、いませんかね?」との相談があった!渡りに船で牧村は「カレン、日本にもいるよ」と、早速件のテープを聴かせたところすぐに「会わせて欲しい」との返答が返ってきた。こうしてレコード会社の問題はクリアした。

つづく…。
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コメント

うっかれ🧚ラフレシア

うっかれ🧚ラフレシア

1 GRAVITY

捨てる神あれば拾う神あり の天気でみたいな話ですね[照れる]

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マサヤス   龍之介
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歌謡曲やフォーク全盛期のお話ですから洋楽系の音楽は、日陰の時代です。不思議ではないですね。
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