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マサヤス 龍之介
#読書の星 #音楽本
☆『「ヒットソング」の作りかた
大滝詠一と日本ポップスの開拓者たち』
/ 牧村憲一 NHK出版新書 2016 第一刷
牧村がシュガーベイブの音楽制作・広報担当
マネージャーをやる前の経緯も興味深く読んだが、それまで勤めていたCM制作会社ONアソシエイツを辞めて、丁度その頃泉谷しげるが新しい音楽出版社を立ち上げるタイミングと符号したこともあったが、牧村をやる気にさせたのは、泉谷の「儲けたお金は自分で遣うより、若い連中に遣って貰いたい」という崇高な志に打たれたからである。こんな話はこうした本で関係者が語らないと永遠に埋没してしまうだろう、泉谷本人は決して語りたがらない人だから。その名もパパソングス。
だが、実態は赤字続きですぐに継続不能に陥る。そこで牧村は新たにアワハウスとい音楽事務を設立した。通常、音楽事務所と言えばアーティストのマネージメントに終始するのが通例だが牧村はONで、CM制作に携わり大滝詠一の仕事を間近に見てその愉しさに魅了されたので、拘ってやってみたくなったのだ。
そしてアワ・ハウスとしての最初の仕事はシュガーベイブの2ndアルバムの制作であった。
シュガーベイブの1st.アルバムリリース後ナイアガラが契約していたエレックレコードが倒産するという不測の事態に陥り、シュガーベイブの2ndアルバムの話は宙に浮いてしまった。その時のナイアガラのスタッフへの山下の不信感があったという。契約やレコード制作の条件が明快でなく、エレック倒産の際の対応もないままだったという。そこで牧村がマネージャーとして山下と共に大滝の下を訪れ、ナイアガラから抜けさせて欲しいと要望をだし大滝も応じた、という。こんな話も初めて公表されたのではないだろうか?内部の人間しか分からない事情がこの本によって陽の目を見たのである。山下本人もこうした話は好んで語りたがらない。牧村の当時の立ち位置からしたらやはり表沙汰にするべき事柄だと思ったのだろう。誤解があってはならないが、これは大滝本人の問題ではない。大滝の事務所を運営していた当時のスタッフの問題である。大滝と山下との人間関係は大滝が亡くなるまで終生保たれたと信じたい。
つづく…。




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