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マサヤス   龍之介

マサヤス 龍之介

シャシンの残照  ♯ 252

#日本映画古典

☆『情熱の詩人 啄木』/ 日活多摩川作品 

1936年昭和11年封切 原作:小田喬 監督:熊谷久虎 脚本:安達伸男 撮影:永塚一栄 出演:島耕二 小杉勇 黒田記代 沢村貞子

※ 岩手県渋民村の朝。
 かにかくに 渋民村は恋しかり 
 おもひでの山 おもひでの川
一雄(島耕二)は、小学校の代用教員、啄木と言う名の詩人でもある。家には妻節子(滝花久子)、一子慎一、それに老父母を抱えて重苦しい生活だが、無垢の子供たちには、飽くまで情熱を注ぐ。子供たちもどじょう髭の校長(沖悦二)や天理教の古川訓導(吉谷久雄)などより、啄木を敬慕する。子供は自由に伸び伸びと育てなければならないと云う一雄の信念は、頑迷な校長には理解されず校長の倅の忠一が手に追えぬ程の腕白坊主と知りながら、それを容赦無く罰する一雄の厳しさは校長の威厳に刃向かう者と苦々しく思い、益々両者の対立軸が激化する。校長は村の助役(村田宏寿)や郡視学らと共謀して一雄追放を密議、やがては因習的な村の有力者らも同調しだす。一雄はそれでも僅かな給金を我が家に運ぶのみである。
 働けど働けど わが暮らし
 楽にならざりし じっと手を見る
そんな一雄をいつもそっと慰め、優しい友情を示してくれる同校の訓導並木智栄子(黒田記代)だった。一雄にとってのただ一つの喜びである。やがて一雄は東京と渋民村の二重生活をするようになる。詩人として詩壇に認められたい一心であったが、そんな倅を助けたい父親(小杉勇)は金を送ろうとして、些少な不信を犯した為務めていた寺を辞さなくてはならなくなったが友人の尽力で住職に復職出来たその直後、日夜迫り来る貧苦を見るに忍びず遺書を置いて出奔、父思いの一雄には堪え難いショックである。そして、啄木としていよいよ完全上京を決心、一雄は児童たちを前に惜別の辞を述べる。
 石をもて追わるゝ如く ふるさとを
 出でし悲しみ 消ゆることなし

監督の熊谷久虎は原節子の義兄として名高い。兄として原への影響力が強いことはつとによく語られるが、原が生前に余り多くを語らなかった事から多くの謎が今尚残る。熊谷はリアリズム手法で多くの作品を監督し当時の映画界では刮目すべき存在だったと同時代の評論家の勝俣勝人などは賞賛するが、後年日本愛国主義に走り国士的に些か主義傾向が強まり敬遠された。
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